Monday, December 28, 2009

京都名刹を競演の後訪れる

 和男は自分の死について最近考えることが前よりは多くなった。五十近くなってそれは自然なことであろう。だがにもかかわらずその日のような性行為への執着も益々大きくなってきているようにも思える。それは死んだらもうそういうことは出来ないということに起因する。和男は下半身に残存していた微かな射精時の得も言われる快感の余韻をかみ締めながら、南禅寺水路閣やら禅林寺(永観堂)などを見て回ってから突如和男は大原の方に行きたくなった。そして蹴上駅まで一旦戻り、東西線でそこから烏丸御池まで乗りそこから烏丸線で国際会館まで地下鉄で行き、駅前バスターミナルから大原行きのバスに乗り込んだ。
 それにしてもセックスをした後にこうやって歩いて名刹を訪れるのは何と素晴らしい感覚なのだろう、と今更ながらに総一郎氏と君子夫人の夫婦に感謝の意を捧げていた。これから京都に訪れる度にこういうことがあったならどんなにいいだろう、とそう考えさえした。不謹慎かも知れないが、京都名刹などに訪れる心境それ自体はかなり性の愉悦に近いものがあるということが和男には実感された。
 確かに生殖に直接関わらない性とは虚しいとも言える。しかしその虚しさを贅沢に浪費すること自体は実は生きているということの証でもあるのだ。つまり虚しさを噛み締めることこそ生を性で満たすことから来る固有の快楽なのである。
 
 和男はバスに乗り込んでほどなく発車したバスから臨まれる車窓を眺めながら以前一度だけ訪れたことがあった大原だったのだが、その時感動したことを思い出していた。もう一度その日の気分では夕方に新幹線に乗り帰宅する前に一度訪問しておきたかったのだ。
 別所として知られる大原では天台宗の寺が主である。問跡寺院と呼ばれる皇族に生まれ天皇の御子として生を受けた大勢の人たちが皇位を継承し得ないことから昔から寺院と皇族との繋がりは大きかった。その一つなのが真言宗においては仁和寺であり大覚寺である。また浄土宗では先ほど和男が訪れた禅林寺もそうだし、知恩院などがそうである。そしてこれから訪れる三千院がまさにそうである。
 ウィキペディアに拠ると天台門跡としての三千院として次のように記述されている。

三千院は天台三門跡の中でも最も歴史が古く、最澄が延暦7年(788年)、比叡山延暦寺を開いた時に、東塔南谷(比叡山内の地区名)に自刻の薬師如来像を本尊とする「円融房」を開創したのがその起源という。円融房のそばに大きな梨の木があったため、後に「梨本門跡」の別称が生まれた。

比叡山内の寺院の多くは、山麓の平地に「里坊」と呼ばれる拠点をもっていた。860年(貞観2年)、清和天皇の命により、承雲和尚が比叡山の山麓の東坂本(現・大津市坂本)に円融房の里坊を設けた。この里坊を「円徳院」と称し、山上の寺院を「円融房」と称したという説と、「円徳院」と「円融房」は別個の寺院だとする説とがある。

1118年(元永元年)、堀河天皇第二皇子(第三皇子とも)の最雲法親王が入寺したのが、当寺に皇室子弟が入寺した初めである。以後、歴代の住持として皇室や摂関家の子弟が入寺し、歴史上名高い護良親王も入寺したことがある。坂本の円融房には加持(かじ、密教の修法)に用いる井戸(加持井)があったことから、寺を「梶井宮」と称するようになったという。最雲法親王は1156年(保元元年)、天台座主(てんだいざす、天台宗の最高の地位)に任命された。同じ年、比叡山の北方の大原(現在の京都市左京区大原)に梶井門跡の政所(まんどころ)が設置された。これは、大原に住みついた念仏行者を取り締まり、大原にそれ以前からあった来迎院、勝林院などの寺院を管理するために設置されたものである。

Wednesday, December 16, 2009

競演が終われば

 和男はそういうほんの一瞬の愉悦のためにのみ人はピストン運動や全身に汗をかくことを好んでするのだな、といつも性行為の後にそう思う。
 彼はその種の行為の事後起こる固有の虚脱感、虚しさ、倦怠が好きだった。何とも言えない空虚感がたまらなく好きなのである。何故なら性行為の後ほど人間は哲学的になれる瞬間などそうあるものではないからである。
 恐らくどんなに哲学的センスのない奴でもセックスをした後は必ず一瞬哲学的気持ちになるだろう、そう和男はその時も思った。
 さっきまで勃起し続けてきていた彼のペニスは元の通りに次第に収束していった。それを認めるや一回だけ君子は和男の仕舞い込まれていくペニスに唇を窄めてキスをした。和男のペニスは一瞬それに反応したが、再び勃起へと至ることを和男の意志が抑制した。きりがない。もう車の中で二回果てているのである。
 総一郎氏もペニスをズボンの中に仕舞い込み、君子が徐々にそこに来るまで身につけていた衣類を付け始めると、優しく彼女の髪の毛と頭を撫でて、項にそっとキスをした。夫婦の愉悦を手伝った形だった和男だが、後悔はなかった。いいものを見せて貰ったと思った。そういう機会を得ることで和男はまるで二十代の青年に戻っていくことは出来たように思えた。
 車の中は女の体液と男の精子の匂いに充満していた。君子は運転席にきちんと戻って一瞬足を上げてパンティーを上まで持っていき、それを深々と履くと、座り直し、サイドの窓ガラスを脇のボタンを押して開けた。外の空気は先ほどまでは締め切られていた側かも入ってきて、その時に充満していた三人の競演の空気を徐々に外気へと同化させていった。
 和男のペニスは満足しきっていた。尿道の辺りにむず痒くくすぐったい、あの固有の感じが先ほどまで自分が他の二人と共に快を求めていたことを証明している。
 辺りは急に晴れ渡ってきた。まるで三人の門出を祝っているかのようだった。
 その瞬間から徐々に少し離れた通りから聞こえる観光客の一群の立てる音が聞こえ出した。それまでは熱中していたので、一切の音が遮断されていたからだ。
 和男は
「二日間色々とお世話になりました。いい思い出が京都で出来ました」
と言って、その車から降りようとして、総一郎が再び性行為を終えて、座っていた車椅子を車から遠ざけるように目配せして、ドアを開けて外に出た。
「もうお帰りになられるんだったら、駅まで君子に送らせますよ」
と気を利かせてそう言ったが、また二人になると妙な気持ちにならないとも限らない。そこまで他人の夫人を巻き込むわけにもいかない、もう十分満喫させて頂いた、そう和男は思っていた。これは京都流のもてなしかも知れない、そうも思った。
「いや、私少し別の名刹も見てから今日夕方新幹線で帰宅することに致しますので」
と言って、車で京都駅まで妻に送らせようとした総一郎氏の好意を遠慮した。総一郎氏は
「そうですな、折角こちらにいらしたんだから、もっと色々と回られて心行くまで味わってからお帰りになられた方がええですな」
と、納得していた。
 和男は車の運転席にいる君子に会釈して総一郎にも深くお辞儀をしてその場を立ち去った。そして南禅寺の方へと向かって行った。

Saturday, December 12, 2009

翌日の本格的な競演(9)

 世の中にはたった三回しかセックスしていないのに六人の子供を授かった夫婦もあれば、千回セックスしても一人の子供も授かれない夫婦もあるだろう。その場合性行為そのものの持つ意味はまるで異なったものかも知れない。だが性そのものは回数とか儲けた子供の数で推し量れるものではないし、増してや複数の異性と一回ずつセックスをしてきた人と一人の異性と一回だけのセックスをして生涯を添い遂げた人とどちらが幸福であるかなど言い得るものではない。つまり全ての人が違うように、全ての人にとって性のあり方とは全く異なった意味を持っている。
 しかしそのことはあくまで客観的なことであり、その時の和男にとってはどうでもいいことであった。和男は君子がどういう行為に出るかだけを注視していた。
 全てのぺニスによる動きを男性郡がし終えた後、おもむろに窓の外の車椅子から半身を持ち上げていた総一郎と、総一郎が果てる前に必死に彼女を後ろから抱いていた和男の方に向き直って、自らの上気した乳房を晒して、今度は二人の男性のし終えた後のペニス、尤も夫の総一郎のものは今しがた果てた後だったので決して未だ萎みきってはいなかったものの、和男のものは今しがた目の前で他人の妻にその夫が後ろから車の窓越しにペニスを突立てるさまを眺めていたものだからすっかり自分自身で臨戦態勢であった時の威勢を失ってはいたものだからそれを慮って君子は早々に夫のペニスを舐め上げて、綺麗に尿道周辺に付着していた精子を唇と舌で拭き取ると今度は他人の和男のペニスを舐め上げて昨日のようにフェラチオをし始めた。いざそうされると即座に勃起した和男はそのさまで自分が未だそう衰えてはいないということを自覚せざるを得なかった。
 和男はまるで自分がそれまで他人の夫婦同士の殆ど変態的でさえある睦み事を観察していたことの褒美に自分のものを舐められているような意識にあった。
 和男は素早く自分のペニスを口元に含み、すっかり怒張したそれを再びすっきりさせようとしているこの君子という女性のしたたかさと配慮に行き届いていることに恐れ入っていた。ここまで微に入り細に入り配慮の行き届いた中年女性というものもそういるものではない。このことこそ未だ十分妊娠して子供を儲けることが可能であるが、同時に自分よりも年長の男性に対しても、恐らく和男よりもずっと若い男性に対してさえ同様に配慮出来るであろう、要するに最も人間的に旬な女性である、それは年齢的にもそうであるが、ある意味では彼女の年齢の全ての女性が決してそういう風にまでは行くまいと思わせるそれだけの度量があった。
 和男は相手のサーヴィスにすっかり安心しきって任せているとある瞬間途端に下半身に先ほど後ろから君子のコンの中にたっぷり精子を注入した時と似たあの固有の絶頂感を得ていた。今日はもうこれは自分で抜いた分を含めると三回も射精している。これ以上和男は明日の仕事のことも考えると、控えておいた方がいいとさえ思えてきた。しかし未だやっと十時になるかならないかの時間であることを何気なくちらと見た自分の腕時計を見て和男は悟った。
 君子は
「和男さんも総一郎さんと負けず劣らず優しいおちんちんの持ち主ですわね」
と言って、自らの中にたっぷりと含みこんだ彼の意気のいい精子を少しだけ唇の外に出して見せて、再びそれを一気に自分の舌の中に含み込ませて飲み込んだ。
 和男は嬉しかった。そして最早そうやって自分の妻が他人のペニスを頬張っていること自体を容認していること自体に平気で対応しているこの中年ではあるが未だ未だ十分異性の目を惹くに値する魅力の女性のもてなしを受けることを積極的に受け入れている自分自身に対して我ながら大胆にもてなしを受けている、そう感じていた。

Tuesday, December 8, 2009

翌日の本格的な競演(8)

 和男は自分があまり幸福ではないと思えるくらいには幸福だった。何故なら自分が幸福であると思って悲惨な生活状況の人は大勢いるし、不幸であると思える内は未だ未来がある証拠だから、心底不幸ではないと言えるからだ。そしてその時和男は自分が立たされている状況を間違っても幸福であるなどと思いもしなかったものの、あまり即座に逃げ出したいなどとも思わなかった。それはある意味では変態的ではあるが、奇妙に人間臭のする京都在住の壮年と中年の夫婦の姿態を仰ぎ見ることがまんざら社会勉強的意味合いから無意味ではないと感じていたからである。
 しかし先ほど多くの汁を滴らせて和男からのクンニを求めた君子のワギナから発せられた匂いは石榴のような匂いと、鰹節のような匂いが入り混じった感じだった。そして自分の精子が彼女の膣の中にぶっ放された時そこからとろりと滴る匂いは自分でもよく知っている匂いだった。それはチーズを嗅いだ時に匂う感じと、栗を嗅いだときに匂う感じが入り混じっていた。しかし他人の太いペニスがずんずんその時目の前で自分の体の上を跨いだ妻の君子に対して夫の壮年男性総一郎が突き立てるさまは、その果てに彼の精子がやはり後続者として妻の膣壁にぶっ放されることを想像すると、その時どんな匂いが放つのかそれは少し不安だった。他人の精子の匂いを嗅ぐことはあまりないからだ。
 しかしよくいる未だ乳離れしていないような感じの青年と一緒に話をしている時に匂うあの匂いに近いものが他人の精子にはあるのかも知れない、とそう和男は思った。
 本当は先ほど自分が彼女の膣の中で果てた時に既に彼の役割は終了している筈なのだから、そこから退散してもよかったのだが、何せ体勢が体勢である。最後まで夫婦の奇妙な格好のセックスを見守るしかその時はしようもなかった。
 格好が格好なので、一度も和男は君子の豊かな乳房を鷲掴みにすることなど出来なかったし、それはその時の総一郎御仁にしても同じである。
 総一郎氏は少しずつピストン運動を加速し始めた。そしてやおら「おおっ」と声を発して、一瞬体全体を身震いさせてから妻のコンの中にたっぷりと自分のザーメンを注ぎ入れた。妻はその瞬間
「あなた、総一郎さんの優しくて硬いおちんちんからいいものが出て来る」
と言った。
 その瞬間、夫婦の奇声を誰か周囲の人が聞き耳を立ててはいないかどうか和男は内心心配だった。しかし少しずつ晴れ渡ってきていたその日、その場所に訪れる人はいなかった。予め君子はそのことを知っていた、最初からそこに来る積もりだったのだ。すると南禅寺でのあの彼女のしまったという一言はあたかも偶然そこを発見したということにしておくための巧妙な芝居だったのかも知れない。いやその場所に後から夫が駆けつけたわけであるから、当然それは予め全て仕組まれていたことだったのだ。すると昨日の例の君子による客用の寝室でのフェラチオもそうだし、夫もどこから覗き見ていたのに違いなかった。
 和男は静かに妻のコンからペニスを抜き取った時、総一郎の赤銅色のペニスが意外と年齢の割りにはしっかりとした一物であることを見て取った。そしてその膣内の液体に塗れたぬるりとしたペニスを見て、後からそこに滴る精子を確認したかった。少し待っているとフロントガラスに項垂れている君子の体が呼吸の度に少しずつ動いていたのだが、彼女の膣から垂れてきた精子は意外と和男のとそう変わりない元気そうなものだった。
 もし妊娠してしまったらどうする気なのか、そう和男は思った。DNA鑑定して貰い、自分の子なのか、夫の子なのか確認して貰わなければならない。あるいは子どもなどできはしない体なので、こういうプレイをした、あるいはよくこういう風に誰か特定のその気のある旅行者を掴まえては楽しんできていたのかも知れない、そう和男は思った。

Monday, December 7, 2009

翌日の本格的な競演(7)

 和男は君子の言う古い知り合いの意味がよく本当は分からなかった。
「そういうお友達の方が君子さんにはいらっしゃるんですね?」
と和男が聞き返すと君子は
「そうですわね。いますわね。昨日言ったその友人の女の方です」
と言った。
 車が南禅寺の境内に入って、駐車場が正門の手前にあることを君子が思い出すと一瞬しまったという表情を示したが、すぐに「そうだこっちに停めよう」と小声で頷いてから彼女は車を建仁寺の方へと向かわせず、そのまま平安神宮の方へと直進していって、雑木林のようなものが見える行き止まりの路地に車を入れた。そこには誰も歩行していない死角のような場所だった。
「昔は昔、今は今ですわよ」
君子は車を停めてハンドルから手を外して溜息を一回大きくつくと、左手を和男の腿の辺りに置いた。そして
「友達も大事ですけれど、一見の間柄も大事ですわね」
と言って、和男の脛と腿の間を昨日のように手で摩りながら往復した。和男は既に自分自身で一回その日は浴槽から立ち上がって抜いている。しかしそんなことはその瞬間にはどうでもよくなっている。
「やっぱり僕たちは一見の間柄だけですかね?」
と君子に確かめるように和男は聞いた。和男はさっきの「私たち意外といい相性なのかも知れないですね」と言ったことに対する君子の「そうですよ、そう思わなかったんですか?」という返答の意味を考えながらそう質問したのである。
「それは未だ分かりません」
と君子は言いながら
「少しお黙りになっていて」
と言って、和男の太腿と股間に更にやんわりと、しかししっかりと刺激を与えながら、君子は次第に息遣いを荒くしながら押し殺したような呻き声をひっそりと発して、自らの右手で昨日のように最初右胸、そして左胸、そして往復させるように全体を掻き回すように揉みしだきながら、ブラウスの下の縁を捲り上げて上へ押し上げつつ、ブラジャーのホックを外し始めた。そういう時にしやすように、という配慮からかフロントホックブラだった。そして今度は左手を和男の既に怒張しきっていたペニスを掴み出そうとして和男のズボンのジッパーに手をかけた。和男は
「君子さん」
と声を漏らしていた。こうなることは既に車に二人で乗り込んだ時点で分かっていたではないか。しかしいざそうなってみるとやはり総一郎氏は既にこうなることを承知で二人をまず出かけさせたのだろうか、と和男はそう思った。
 君子は既にブラウスを首から外して脱いでいた。そして今度は履いていたスカートのジッパーを外して足を持ち上げて脱ぎ始めた。そして和男の勃起したペニスがトランクスから君子の左手によって探り出されて、露出した時、君子もまたスカートを足下から持ち上げ彼女の右手によってくしゃくしゃに丸め込まれ後部座席に投げ捨てられていた。君子はベージュのパンティーを履いていた。その他は何も最初から身につけていなかった。
「和男さん、優しいあなた」
と小声で囁きながら君子は和男の頬にキスをして、熱い吐息を和男の鼻先に吹きかけながら、和男の頬から耳元、そして項に至るまで丹念に唇で愛撫し始めた。そして再び彼女の唇が顔に戻って唇の上に重なってきた時に、彼女の左手は今度は彼の左方の腰を摩り、右手を勃起したペニスにピストン運動を加え始めた。ペニスの先端からはカウパー氏腺液がたっぷりと滲み出てきていた。これだけは若い頃からずっと変わりないことである。そして君子は
「ああ、和男さん、立派なおちんちん」
と言った。和男は思わず車の外を見回したが、一向に誰も歩いてなどいない。助けを求めるわけにもいかない。和男はリクライニングシートを最後部まで下げて後部座席へと移動させリラックスした姿勢に自らを持っていった。そうすると和男の勃起したペニスが寝かされるような格好になった。君子は和男の顔への愛撫を停止して今度は和男の寝かされた形のペニスへと顔を持っていった。そして最初カウパー氏腺液をちろりと舌で舐めて舌を一旦丸めると、今度はその舌を使ってペニス全体をゆっくりと口腔全体へと挿入させて、上下させ始めた。そしてそうしながら和男の遊んでいた右手を自分の先ほどまでペニスを掴んでいた右手で自分の股間の方へと誘導した。そしてベージュのパンティーをずり下ろすのを手伝わせた。君子は口腔内での和男の怒張した息子への上下運動を持続させながら、しきりに和男の手伝いを得て自分自身の足を上へ持ち上げ、パンティーを異物のようにしながら、それを脱ぎ捨て、ブレーキとアクセルペダルの下に足をもぞもぞさせながら脱ぎ捨てた。その時一瞬自分の右手を和男の右手による誘導を誘引した後元の位置に戻す時にクラクションを刺激して車はブーとけたたましい音を立てた。和男はその音に戦いたが、君子は一向に意に介していなかった。その証拠に一瞬たりとも休まずに和男のペニスにたっぷりと唾液で包み込みながら上下運動をさせ続けていたからだ。彼女の顔は和男の胴体の上でゆさゆさと上下運動をし続けた。そして次第にその上下する頭の先の髪の毛がほつれ出した時に、いきなりその上下運動を中断させて、和男の胴体の上の方に自らの胴体そのものを頭が車の天井のぶつからないように配慮しながら、持っていった。そして自らの左足を先ほどまで摩っていた和男の左方の腰の脇の助手席に乗せて、丁度自身のアヌスが和男の顔の上へ来るように持っていった。君子の顔はだから車のフロントガラスの方へと密着していた。顔をガラスに擦り付けてまで窮屈な格好をしながら、彼女は和男から自分の下半身をクンニリングスして貰うように要請したのだ。
 和男はその時改めて仰向けになった自分の顔の上方にあの固有の汗の匂いと女性の発散する固有の内分泌の匂いを強制されながら、目の前に展開する君子のアヌスとワギナを仰ぎ見た。その時まさに和男は君子のバルトリン腺液を滴らせた彼女のワギナが豊かな大陰唇をひらひらさせながら展開するさまを、「ハマグリ」と言うよりは「ぼぼ」、「ぼぼ」と言うよりは「めめじょ」と言う方が相応しいと密かに考えていた。「め・め・じょ」という響きがじんなりと濡れてぱっかりと左右に開いていたその膣口とそこから滴る愛液からぴったりに思えたからである。「ぼぼ」というとどこか閉じた姿をイメージさせる。しかしハマグリはぱっかりと開く直前をイメージさせる。そして「めめじょ」と言うと、一旦完全に開いたかと思うと呼吸と共にもう一度閉じようともするさまをイメージさせるからである。
「和男さんお願い」
と愛液を和男の顔へと滴り落としながら君子は自らの生殖器へのクンニリングスを求めた。和男は必死に顔中彼女の下半身に埋め込み、自分の鼻先から口元全てを君子の内分泌液に塗れさせていった。そして和男が十分君子への下半身の刺激を唇と舌で挙行した後、やおらに和男のペニスを掴んで、それを自らのワギナに挿入した。
 和男は一瞬
「うっ」
とうめき声を発し、自らの勃起したペニスがするりと彼女のワギナに挿入する様をまるで他人のセックスを覗き込むような感じで自らの顔の上を仰ぎ見た。しゅるるっと君子が和男のペニスを包み込む音が聞こえた。和男の尿道はこんもりと膨れ上がっていたので、君子のワギナにほどよい刺激を与え続けた。君子は次第に上下運動の、と言うより君子の体勢が前に屈み込んでいたので前後往復運動のようになっていたのだが、次第にスピードを増していった。
 どれくらい時間が経過していたのだろう?和男が既にお互いの汗が塗れてきゅっきゅっと音を立てていた時、勃起したペニスの緊張度が最高潮に達した時、自分の横たわる助手席のリクライニングシートの上方に、のそっと男性の姿が見えるとそれが何と車椅子に腰掛けて外から二人の痴態を覗いていた総一郎氏の顔だったのだ。
 和男は急いで全てを停止させようとしたが、君子は頑としてその体勢を崩そうとはしなかったし、あろうことか総一郎氏は和男に車の外から大きく口を開けて、言葉を読むように和男に表情で示した。そして口の形ははっきりと
「妻の中に射精してくれ」
と言っていた。それに応えるように君子は
「和男さん、中に出して頂戴」
と言った。そう君子が言った瞬間和男は既に我慢の限界に達していたのか、ずくっと溜まっていた精子が君子のワギナの内部へと一気に放出された。その瞬間和男は昨日の夜にも、今朝の浴槽での快感にはなかった究めつけの充足感を満喫していた。そして自分の精子が一部フロントガラスに顔を押し付けたまま失神しているかのように項垂れる君子の膣から滴り落ちてきたのを確認すると、未だ勃起状態を解除させないままのペニスをゆっくりと君子のワギナから抜き取った。
 すると総一郎氏は手で車の助手席の窓ガラスを開けるように和男に命じた。そして和男がそれに応じてガラスの下部にあるボタンを押すと、窓ガラスは開いた。そこから今度は少しだけ腰を持ち上げ、既に怒張しきっていた自らのペニスを和男の顔の上方に差し出して、和男の精子を吸収していた膣壁に向けて
「今度は俺だ」
と小声で呟きながら、少しだけ総一郎が挿入しやすくするために腰を助手席の窓ガラスの方へと向け変えた妻のワギナにぬるっと挿入していった。まさに和男が仰向けになっている助手席の上方でつい昨日知り合った夫婦の性行為を眺めることとなった。しかも総一郎氏は車の外から自分の妻が差し出すワギナに勃起したペニスを差し入れようとしているのだ。
「こんなことになってよかったんですか」
と済まなそうに聞く和男に対して総一郎氏は
「ええんじゃよ。第一俺はあなたの精子を殺すくらいに強い精子を妻に放つ自信があるんじゃよ。いやその自信を回復させてくれたのもあなたのおかげじゃよ」
と言った。その時同時くらいに君子は勃起した夫のペニスを受け入れながら
「あなた和男さんって優しいんですのよ、とっても」
と言った。それに対して即座に総一郎は
「おお、そうかそうか、よしよし」
と言って、自分の怒張したものをずんずんと君子のワギナに衝き立てて奥の方まで潜り込ませていた。

Saturday, December 5, 2009

翌日の本格的な競演(6)

 車を発進させながら、バックを振り返り、君子は車庫から車を出すと、今度は向きを変えて、下り坂をゆっくりと降りて行った。そして東山の景色が遠くに平安神宮とか御苑が見渡せる地点から徐々に近景の方が目立つ地点へと降りて行った時に、右折して南禅寺や建仁寺の方へと車を走らせながら、君子は臨席にいる和男に対して
「和男さんはどんな音楽を好まれるのですか?」
と聞いた。すると和男は
「いきなり何故そんな質問をなさるんですか?」
と言って、考え直したようにして
「そういう君子さんこそどういう音楽をお聴きになられるんですか?」
と聞くと、彼女は
「まあ、その時の気分によりますわね」
と言った。
「気分と言うと?」
と和男は聞きなおすと、彼女は
「和男さんは沈んだ時ってどういう音楽を聴きたいと思いますか?」
と尋ねた。すると和男は
「そうですね、その時にもよるけれど、何とか気分を立て直すことの出来る時には意外と激しい音楽とか、底抜けに楽しい音楽を聴きたいと思いますけれど、そうではない、要するにそういう風に立て直すことの出来ない時には何も聴かないでいるか、聴くとしても意外と更に沈んだ音楽を聴きたいと思いますね」
と返答した。すると君子は
「私もどちらかと言えばそうですね、和男さんが仰ることと似ていますよ」
と言った。すると和男は自分でもそう言うとは思わないような台詞でもある
「私たち意外といい相性なのかも知れないですね」
と言っていたのである。それは昨日の夜にあった寝室での一件を考え合わせると実に意味深な発言である。しかしそんなことを一向に頓着しない返答の仕方で君子は
「そうですよ、そう思わなかったんですか?」
と言ったのである。そしてその時の彼女の表情が先ほど台所に食器を片付けていた時に彼女と擦れ違ってその時彼に示した愉悦の笑顔に似ていた。それは誘っている風情の笑顔である。それくらい和男には理解出来る。
 そして和男は考えた。この女性は本質的に対人的に相手に期待を多くするタイプなのだろうか、と。つまりこう言える気が和男にはするからである。
 人間にはある部分においては二通りある。それは演劇的人生を歩むタイプ、そしてもう一つは絵画的人生を歩むタイプがある、ということだ。前者はあくまで他者に対して愛情をあまりかけないけれども、相手に対してそれが関心のある他者であるなら同性でも異性でも期待を多くする。それはその者がする仕事でもそうだし、自分への愛情と言うことにおいてもそうである。要するにかなりナルシスティックなタイプの愛情家である。
 しかし後者は前者のような鏡の前で自分の姿に見とれたりするような部分は皆無であるからアクター的ではない、寧ろ演出家タイプである。それも俳優を兼任しないようなタイプの演出家タイプ、脚本家タイプである。それは鏡の前で自分の姿に見とれないタイプである。そしてこのタイプは完全に他者に対して愛情が細やかではあるが、決して他者に対して期待し過ぎない、だから必然的に相手から竹箆返しを食らうことも少ない。つまり覚めたタイプの愛情家である。そして和男はどちらかと言うとそちらのタイプである、と自分でそう思っている。そして彼の父親は前者のタイプ、つまり演劇的人生のタイプだったと思っている。その部分では彼は母親から受け継いでいる。
 だから和男はある時期かなり既に肺癌で彼が三十台前半に死去している父親の存在が鬱陶しく感じたものだったが、思い出してみると、懐かしくもあるのである。
 つまりこの今隣に座って運転して「そうですよ、そう思わなかったんですか?」と言った女性がそのどちらのタイプなのだろうか、とそう思ったのである。
 何故なら人間はある部分では極めて近似的部分があるから親しくなれるのであるが、その親しさが持続し得るためには、尤もそれはそういう風に望んでも巧く行かないことも往々にしてあるのであるが、少なくとも長く付き合えるタイプとは近似的部分がありながら、真逆である部分も必要であるからだ。
 しかし今ここで重要なこととは、この女性は完全に人妻であるということだ。しかしそれにもかかわらず彼女は何か自分とこの私である和男との間の出会いがまるで運命でもあるようなことを示唆することをのうのうと言ってのけたのである。これは一体何を意味するのだろうか、そう和男は思った。そう思った時和男は君子の昨夜熟睡してしまう前までの濡れ濡った膣と大陰唇のン肉ビラの状態を想起していた。そしてその時の姿態の彼女と今冷静に運転している彼女の姿を何とか一つの像に結びつけようと努力していたのだが、ある部分ではどうしようもなくその二つがどんどん乖離していってしまうのであった。
 それは何故だろう、と和男は思った。その時はたと和男は気づいたことがある。それはこの女性は夫から得る愛情と、和男のような通りすがりの中年男性(とは言え彼の方は恐らく年長であるが)から得る愛情を巧く区別して両方手に入れるタイプではないか、と思ったのだ。そうするとある意味ではこの女性は和男自身と同じでその女版である絵画的人生、つまりアクター的ではない演出家、脚本家的人生の女性ということになる。
 しかしそうであればそれなりにこう解釈することも出来る。これから何が起きるかは分からないものの、きっと何かは起こる。そしてその後必ず和男は東京に戻るのである。もしそれ以上この奇妙な夫婦と何の関係もまく旅の恥は掻き捨て的な出来事であったとそれを只単なる過去であると処理していくような未来であるかも知れないし、あるいはそれとは逆に寧ろこのことを契機に和男とこの夫婦とが益々もっと深い関係へと結び付けられていくという未来であるかも知れない。それは和男にしてもこの女性もその夫も計り知れないことである。そう考えている最中に君子は再びこんなことを聞いてきた。
「多摩湖とか狭山湖には最近は行かれるのですか?」
 いきなり昨日彼等が語り合った内容に引き戻すことをするその女性の真意を測りかねるといった風情の口調で和男は
「そうですね、最近ある私と同学年だった大学時代の友人とばったり会って、そいつと共に一緒にクラブに出かけたんですけれど、そこから少し行った所にある奴の自宅は確かそっちの方だったな」
と言った。何故そんな彼女の知らない芝沢のことなんかをここで持ち出す必要があったのかと後でしまったと思った和男だったが、実際のところそこで出会った茜とかママの幸恵とか杏子、あるいはその三人と偶然まみえることになる以前に最大の関心であり、今でも明日はその顔を拝めることになるという意味で想起出来る菊池真理のことが念頭にあったので、そういう一連の偶発的な最近の出来事がぽろりとこの自分の私生活のことをよく知らない旅先での妖しい魅力と湛えた中年女性の質問にそう無意識の内に返答していたということは自分ではよく理解出来ることでもあったのだ。しかし意外にも君子はその芝沢のことである「大学時代の友人」という響きに関心を抱いて
「大学時代のお友達ですか、そういう古い知り合いって懐かしいものですわよね」
と言ったのだ。それは社交辞令的な物言いでは確かになかった。よく理解出来るという言い方だった。

Thursday, December 3, 2009

本格的な翌日の競演(5)

 和男は君子と二人でまず出かけるということが彼にとっても彼女にとっても何を意味するかに頭が一杯で、既に半ば怒張しかかっている自分のペニスを必死に鎮めようとして食事し終わった後の食器を台所まで戻している時にトイレから出てきた君子と瞳同士が接触し合うと、君子は僅かに笑みを和男に返したことをこれから起こることのサインと勝手に和男は受け取った。そして未だそういう気分になるのには早いと気を静めて応接間の壁にかけられたハンガーに吊るしてあったジャンパーを着込んで、君子が化粧をし終えてから車のところまで来て運転してくれるのをガレージ近くまで靴を履いて外の庭まで出て歩いていった。昨日は気づかなかったが、そこには昨日彼を総一郎氏が乗せてきてくれた車意外にもう一台別のセダンが置かれてあった。和男を乗せて君子が運転して出かけた後、それで総一郎氏は追いかけるのだろうか?
 そんなことを考えていながらも彼は庭に咲く色々な秋の花を観賞したりしながら、平安神宮とか御苑の相貌を眺めて色々なアングルから一眼レフを鞄から取り出し写した。
 しかし人生というものは何が起きるか分からないものである。ほんの一日前には見ず知らずの間柄であった一組の男女は泡沫ではあるにせよ、何らかの接触を持つということ自体が、初めからこちらから何もかも曝け出すという習慣自体のない和男のような関東人にとって極めて偶発的なことである。しかし人生とはこういう偶発的な出来事自体の連綿として連なりのことを言うのである。そういう風に考えればあるいはそれから起こり得ること全ても全て最初から決まっていたのかも知れないとさえ思えてくる。
 十分くらいしてから君子が程よい化粧をして中から出て来て、和男の待つガレージ近くまでやってきた。昨日とは少し違う匂いの香水だったような気がした。しかしそれも只気のせいかも知れない。
 君子が昨日自分を総一郎氏がそこまで乗せてきてくれたセダンの運転席に乗り込み、ガレージの外で待っている和男の下まで車を出した。そして和男は君子が誘導するままに彼女が開けてくれた助手席のドアを更にこじ開けて中に入った。さて始まった。これから君子は更に何か仕掛けてくるに違いない、そう思うとそれだけで和男は自らの亀頭が膨らんでくるのを妨げることが出来なかった。彼女は女優で言えば、そうである辻沢響江に似ているかも知れないし、スカーレット・ヨハンソンにも少し雰囲気が似ている。兎に角近くで(その時まさに彼女の息遣いそのものが直に確認出来る位置にいたのだが)彼女の気配を察していると、それだけで女性の色香に脳髄が痺れてくるような感触に和男は浸りきっていたのだ。

Wednesday, November 18, 2009

本格的な翌日の競演(4)

 和男は鮎の塩焼きを食べながら突如、昨日君子のブロウジョブを食らってから眠りこけた後に早朝辺りで見た夢の内容を総一郎氏がテレビのニュースの地方版を見ながら快活に喋りながら食べている姿を目前にして思い出した。それは確かに最初茜が出て来て手招きしている。しかしその後ろにあの芝沢が腕を組んでじっとこちらの様子を伺っている。そして茜の手招きで誘導されると、そこらは一体が霧が立ち込めていてまるで天国のようである。最初から闇の中からスポットへ浮かび上がる茜と芝沢だったのだが、その時初めて自分がこの世の人ではないような気がした。
 茜の手招きで誘導された空間の果てに確認出来た光からシルエットが浮かび上がりそこに菊池真理がいる。自分も茜も(茜はクラブでは和服姿だったが)洋服を着ているが、逆に菊池真理は和服を着ている。そしてこちらに手招きしている。「こっちへおいで」という風に。気がついてみると茜も芝沢もいなくなっている。見えるのは菊池真理の風体だけである。シルエットから浮かび上がって最初はただ黒々とした影だったものが、次第に顔の表情から細かい仕草まで何から何まで確認出来るようになった瞬間、君子の「和男さんそろそろ起きられませんか?」という声が聞こえた気がした。

 カーテンを開けきって庭とその向こうに開ける視野に平安神宮や御苑までが見渡せるその光景を眺めながら和男と総一郎は朝食を平らげた時、外は少し暗くなってしっとりとした霧雨が振り出した。和男が箸を置いて、傍に置かれてあった湯呑みでお茶を飲んでいると、総一郎氏が
「私はちょっと朝片付けなければいけないことがあるので、先に河合さん、君子の運転で出かけて下さい」
と言った。そう言えば、君子に「河合さんです」と紹介した時一旦総一郎氏は車をガレージに入れるために出て行ったが、ガレージは一切見ていなかった。
「そうですか。分かりました。ではそうします」
と返答していた和男だったが、自分と君子夫人が二人で車の中に閉じ込められるということが一体どういうことを意味するのかということを考えずにその返答をすることが和男には出来なかった。そう返答しながら密かに和男はペニスの先端から俄かに汁が滴ってくるのを感じないわけにはいかなかった。

Tuesday, November 17, 2009

本格的な翌日の競演(3)

 その日は前日に較べれば少し曇ってはいたが、辛うじて晴天と呼べるくらいには晴れていた。しかし実際和男にとってその日が最後の京都滞在日となるべきだったし、また事実翌日からはまた事務所での仕事が待っている。京都で撮った写真を下に作成しなければいけないウェブデザインの仕事が翌朝から待っている。しかしだからこそ休日として最後の時間を有効に過ごしたいと願っていて、思いもかけない体験をしてしまうことになったのだ。
 君子は応接間で大型画面のテレビでニュースを見ている和男と総一郎氏とが寛ぐ前に置かれたテーブルに朝食の味噌汁とご飯と桂川の上流で取れた川魚鮎の塩焼きを運んできた。それを総一郎氏は「今日が京都で最後に日なんですから、どうぞ遠慮なしにお召し上がり下さいな」と言って勧めた。昨日は少し飲み過ぎたとも思ったが、思わぬおまけがついていたので、そんなこともすっかり忘れていたが、多少昨日の後から運ばれてきた日本酒の匂いが未だ口元に残っていたし、多少後頭部に二日酔いの兆候が確かめられた。
 君子は二人に食事を運ぶと台所に引っ込んだ。結局和男はニュースを見ながら
 「例の殺人犯どうなったでしょうね」などと言いながら、数週間くらい前に殺害された女性代性の遺体発見という痛ましい事件の犯人に対して言及したりして、それに適当に合わせて和男は応対していた。
「いやあ、こういう事件に巻き込まれるということ自体がもう運命としか言いようがないですな」
と総一郎氏が言うと和男は
「そうですね、ご両親はいたたまれないでしょうね」
と返した。しかしこの夫婦には子どもはいないのだろうか?いつ結婚したかということも知らないし、サーカスの団員だったこの総一郎氏が不慮の事故で下半身不随になった時には既に結婚していた、ということしか和男は知らされていなかった。又向こうからそういうことを自発的に告白しでもしない限りそういうプライヴェートなことまでこういう形でお暇している時に尋ねるものではないと和男は一切何も自分からは質問しはしなかった。
 そんなことよりも君子の中にある真意の方がその時の和男にとっては問題だった。
「奥さんは何をなさっているんですか?」
と和男がニュースを見ながら楽しそうに和男に語りかけていた時ふと質問すると総一郎氏は
「いや、今日あなたがお帰りになるわけだから、最後に午前中にここら辺を車で散策してみようということで、昼食を用意しているみたいですよ」
と言った。すると畏まって和男が
「いやあ、昼食までご厄介になるなんて恐縮致します」
と言うと総一郎氏は
「まあ、あなたがもっと早くご帰宅されたいと仰るのであれば、昼食時まで付き合って頂けなくても構いませんですけれどね」
と言った。すると和男は
「そうですね、私もそろそろ帰り支度をしなければね」
と言った。尤も一眼レフのデジカメを仕舞い込んだショルダーバッグだけを持ち帰るだけのことだが、新幹線の切符を京都駅で直接買うわけだが、休日なので早めに駅に行ってその日のチケットを買わねばならない。たまたまその時は往路のチケットだけを直接東京駅で買ったからこうして一泊していたが、復路のチケットまで買っていたのなら、そうはしなかっただろう。従って君子からの誘いを受けたということは一つの運命だったのかも知れない、とそう和男はその時思った。

Thursday, November 12, 2009

本格的な翌日の競演(2)

 和男はそれにしても室内においてもそうだし、車に乗り込む時もそうなのだが、この総一郎壮年の所作が実に慣れている、下半身不随であるということだって、肢だけであり、意外とそれ以外は屈強なのかも知れないとさえ思ったのである。昨晩自分が君子からの指の口によるサーヴィスの末に果てて、愉悦のまま眠り込んでしまった(このように他人様の自宅において夫人のサーヴィスを享受するという状況自体に少し疲労を感じ取っていたが故に不覚にも熟睡してしまった)ことを少々悔いた。と言うのもあれから君子夫人が寝室において自分の夫とどのようなことをしていたか、寝息を鎮めるくらいの意気込みで隣室に傍耳を立てていればよかったとさえ思えたからである。つまりそれくらいにこの夫婦の在り方には興味をそそられる。
 そんなことをぼんやりと考えていると、君子が台所から
「河合和男さん、お風呂がもう沸いていますけれど、お入りになってから朝食になさいますか?」
と聞いた。それに対して和男は目の前にいる彼女の夫である総一郎氏に対して
「私が先に入っていいのですか?」
と尋ねると総一郎は
「構わんですよ、私はいつも入っているから、あなたの後でもいいし、第一いつでも入れるから」
と言って更に
「そうだ、今お入りなさい」
と言った。その好意に嘘がないようだったので、和男は台所にいる君子に少し声を張り上げて
「では奥さん、ご好意に甘えまして、入らせて頂きます」
と言うと君子は
「ゆっくりとお体を解して下さいね」
と言った。まさか後から君子が入ってくるということも夫の手前あるまいと思って、一瞬そう想像した自分を和男はエゲツないとそう思った。しかしもうとっくにエゲツない姿態を彼女に晒しているのである。そして昨日彼女の口にたっぷりと可愛がられた後に、彼女の顔に果てた時に、これは菊池真理であればな、と一瞬そう思ったことを思い出し、再び和男は風呂場がトイレの向かいにあることを総一郎氏教えられて、その前に脱衣籠が置かれてあったので、勝手に脱いでそこに脱衣を入れると風呂場に入った時自分のペニスの先にある亀頭がやや膨らんでいることを目にしたり、自分でも下半身に昨日の夜の君子のフェラチオに対して早くも懐かしさを感じてさえしている自分を発見していた。これは一発風呂場で君子のヌードでも想像してマスターベーションをした方がいいかとも思った。
 君子に誘導されて右手で彼女のバルトリン氏腺液をぬるぬるとしたねっとりとした感触と共に感じていたことから、そしてその出し入れとは別箇に時折彼自身の行為選択によって彼女の小陰唇と大陰唇を摘んだりしながら刺激を与えて、彼女の息遣いが荒くなっていく様を確認しながら彼女の舌によって刺激を与えられてぬめっとした暖かさを感じていた彼のペニスや尿道や亀頭に残った余韻を、特に射精した瞬間の尿道に感じるあの得も言われぬ快感を再び味わいたいと思いながら、湯船に浸かって、和男はこの日本式の桶に入った湯の中で自らの勃起したペニスをゆらゆらとお湯によって屈折した状態で眺めながら、今度は視覚的イメージとして君子の肉ビラを想像しながら、ピストン運動を彼の利き手である左手で促進させた。それにしてもその時、彼が利き手が左手であることを見抜き、敢えて君子は自分の右手を自分のワギナに誘導したのかも知れないとさえ、和男は考えた。勿論言うもがなである。利き手以外の手で手淫することと同じようにそれを他人にして貰うことを予想外の快感をある固有のぎこちなさにおいて得るためである。
 もしそうであるなら、君子は予想外に壮絶な快感追求主義者かも知れないと思いながら、彼は湯船の中に精子を混入されるわけにはいかないから、立ち上がって、浴槽の外に勢いよく自らのザーメンを飛ばした。すると風呂場のドアの曇りガラスの上に自分の精子が飛び散ったのを確認して、傍に置かれてあった洗面器に湯船の湯を入れてそれをその箇所に向けて浴びせかけさせた。すると彼自身のねっとりとした勢いにいい精子が次第に白さを薄れさせてお湯と共に垂れてくるのを見て、今度は和男は君子の愛液を直に視覚的に確かめてみたいとそう思った。その時菊池真理の笑顔と彼女が密かに濡らしているワギナからバルトリン氏腺液を滴らせていることすら想像していた。
 吸水口に自分の放出した精子が湯気を立てながら薄まって吸い込まれていくさまを眺めて和男はそれを君子のすぼまったワギナに見立てて更に勃起し始めていた。

Wednesday, November 11, 2009

本格的な翌日の競演(1)

 結局それっきり君子は和男の下に戻らずに翌朝になった。和男は一回君子にすっきりとした気分を味わえたので、ぐっすりと眠れることが出来た。そして七時近くになって何かごそごそと起きて仕事をしている音が台所から聞こえてきたので、君子が炊事をしているのだろうと、和男はすっかりと目が覚めた。
 昨日の夜のことを思い出しながら和男は久し振りに二十代の青年のように朝立ちをしていることに気づいていた。それにしてもあの高校生の頃には時々夢精さえしたものだったし、あの精子がべっとりと纏わりついている感じは流石にブリーフの場合気持ち悪いものであったことを一瞬和男は思い出していた。あの頃は精子も常にずんずんと勢いよく放出出来たものである。要するにスペルマ地獄である。しかしそのスペルマ地獄の快楽も強烈だった。キャバクラなんかに行くと、中年の色っぽいホステス嬢が彼の脛の辺りに手をそっと置いて、ずっと円らな瞳で彼を見つめて和男の話などを聴いていたものだった。そんな時密かに彼はペニスを充血させて、下半身に固有の熱さを感じ取っていたものだった。頼まれれば即相手を抱くことも出来た。
「和男さん、もう起きて召し上がりますか?」
と君子が台所から昨日の夜明けた襖の外まで来てそう言った。すると和男は
「そうですね、頂きますか」
と言ってがばっと起き上がり、昨日脱いだ衣服を即座に着込んで隣室である応接間のソファに腰掛けて待った。すると総一郎の旦那がそそくさと起きて浴衣姿のままそこにやってきて、昨日と同じ場所のソファに座った。そして
「昨日はよく眠れましたか?」
とそう聞いた。和男は一瞬決まり悪い表情を浮かべたが、即座にそれを見せまいとして
「ええ、とても」
と簡素にそう答えた。
 昨日は君子もさぞかし気持ちよく眠れたのではないだろうか?いやあの後この総一郎壮年と一勝負行ったのかも知れない。そのためにアペリティフとして和男は供せられただけなのかも知れない。つまりこの変態夫婦の快楽追求のために和男はただ単に誘われただけだったのかも知れない、そう和男は考えた。しかしそういう内容を考えているなんて、勿論一切この目の前の壮年には気づかれないようにしなければならない。

Saturday, November 7, 2009

総一郎氏と君子との競演⑦

 和男のトランクスの中で彼のザーメンが独りでに暴発してしまった後、和男の精子は大分トランクスの中で乾いて久し振りに彼のお腹に触るトランクスの感触がこちこちになっているのを密かに感じていた和男を暴発した瞬間それを外から眺めて悟っていた君子の笑みが含んでいた意味を和男が噛み締めていた時、彼女が既に長い時間食べたり飲んだりしていた男性郡の食事と酒で汚れた食器を片付けるために台所に引っ込んでいた時総一郎氏は、和男から向かって左に庭が眺められ、その庭を眺めるのに大分日が暮れていたので、カーテンを締めてから、和男から向かって右の応接間の奥に置かれた大型のテレビの脇にあるDVDの棚から、一本を取り出して「カサブランカ」でも見ませんか?」と和男に問い質した。和男は「いいですよ。見ましょう」と総一郎氏に返答したので、彼は彼の下に据えつけられていたDVDデッキに取り出した円盤を入れて、傍に置かれてあったリモコンを手にとってオンにした。
 すると音楽が流れて懐かしいあのマイケル・カーティス監督の映画が始まった。和男は先ほどまで感じ取っていた性的興奮を鎮めるのに、色々「この場面がいいんだ」などと途中で和男に同意を求めるように話しかけることによって都合がよかった。第一さっきまで色情的妻である君子の手が巧みに和男の下半身に刺激を与えてきた一部始終を一切隠すことが可能ならくらいに和男と総一郎が食べたり飲んだりしていたテーブルは高かったので、その下でごそごそと巧みに和男の太腿や脛を摩っていた姿態そのものを、和男でさえはっきりとは上から見極められなかったので、その見極められなさ自体が和男に目線でアモーラスな色情的秋波を送ることを効果的にしていたのだ。それは和男と君子の間だけの同意であるかのような君子からの脅迫的な目線であった。
 しかし勿論それさえ最初から承知で敢えて総一郎氏は和男を自宅に招き入れていたのかも知れない。
 
 映画を見終わった時すっかり外は暗くなっていた。少し寝るには早いが、総一郎が
「明日は南禅寺へ行きませんか。三人で」
と言ったので、和男は
「別に構いませんけれど、明日中に新幹線に乗って東京まで戻れれば」
と返答していた。すっかりお邪魔してしまったし、まるで予想もしていなかった、和男の射精体験だった。
 そして和男は総一郎の「明日も訪ねますから、今日はもうお互い休みましょう」という提案に和男は素直に従った。郷に入れば郷に従えである。
 和男が布団の中に潜り込んだのを見届けてから、総一郎氏は室内の照明を消した。しかし暫くどころかずっと和男は眠りにつくことが出来ずに、ずっと目を覚ましたまま興奮が鎮められなかった。いやそれどころかそれから何が彼の身に起きるのかをずっと静観して待機していた。
 案の定、十時半くらいになった頃、応接間の奥の奥にある総一郎氏夫妻の寝室から一旦渡り廊下(そこを通って君子は二人に食事や飲み物を運んでいたのだ)から右側にある和男が寝ていている客用寝室に襖を開けて入ってきた。暗かったので顔までは見届けることが出来なかったものの、すぐさまそれが君子であることは廊下の向こうにある円窓から確かめられる月明かりでシルエットが浮かび上がったので、和男は了解出来た。
 君子は和男が寝ている布団がその月明かりが確かめられるように枕を平安神宮側に置いてある配置において和男の右側にすっくと屈みこんで、腰を畳に置いた。そしてそっと布団を少しだけ捲くり上げて、和男に着せるように映画を総一郎氏と共に見終わった時に渡されて着込んでいた客用に浴衣の中に手を潜り込ませて、君子は手をするすると和男の下半身の方を弄り出した。和男は多少動転していたが、遂に来るものが来たという俎板の上の鯉の気分でそれから先にどうなっていくかを待ち構えていた。
 君子は蚊の啼くような小声で
 「和男さんの優しさを拝見致しますわ」
と彼女は右手で和男のペニスを探り当て、左手で自分の胸元に向かわせ、自分の両方の乳房を鷲掴みにして徐々に勃起しつつあった自らの乳首を摘まんで刺激を与えていた。そして彼女の右手は既に君子がその部屋に侵入してきたことを確かめた時から勃起しつつあったが、その時はすっかり怒張していたので、それをゆっくりと上下運動させていたのだ。和男のペニスのピストン運動を少しずつ加速させながら、今度はそれをはっきりと布団の下から暗い室内ではあったものの、形だけははっきりと分かるように布団を肌蹴させつつ、和男の浴衣をすっかり下半身丸裸にさせて、それを今度はゆっくりと上半身を下方に屈めて、自らの口元に近づけて、それを少しずつ喉元まで含みこんでデンマーク式のフェラチオをし始めた。英語で言うところのblowjobを開始したのである。
 和男のペニスはどくどくと血流がその一点に集中し始め、どくんどくんと君子の生暖かい喉の奥の唾液のぬるりとした感触と舌の巧みな動きに反応し始めた。
 そして今度は自分の胸を鷲掴みにしていた左手を和男の遊んでいた両手の内右手を掴んで自分の下半身に誘導した。君子もまた浴衣を着ていたので、下半身を肌蹴てその内奥の秘所に君子が誘導して貰うままでいた和男の右手の人差し指と中指は、しゅぼっと小さな音を立てて、君子の濡れそぼったワギナに侵入していった。君子の肉びらはしっかりと彼女を花弁を開かせるに十分に左右に垂れていた。君子は一瞬顔を和男の耳元へ降ろして
「優しく掻き回してね」
と言った。和男はペニスはその瞬間より勃起を加速させ、射精へと至る経路に道を開いた。君子の舌の動きは巧みで優しい母親のような感じを和男は抱いた。こんな優しい母親のような女性に実の母親にはして貰えないことをして貰えるということが大人の男性の特権である、とこの時ほど思ったことは、そういう経験が若かりし頃には多くあった和男であるにもかかわらず、なかった、そう彼は思った。
 和男はその時はそれ以上、隣室に寝息を立てているであろう総一郎の手前挿入までは要求するものではないと思っていたので、徐々にピークへと達しつつあった彼自身のペニスが充血していくに従って彼自身の腰を浮かし気味にして上下に動かした。そうすると余計に君子の口元に納まった彼のペニスと腰全体に伝わる性的快感が高まるのだった。
 彼の怒張した亀頭の雁首の普段は隠れている箇所に散在している棘棘たちもすっかり勢いたって彼自身の性的快感を高めるのに貢献している。
 もうこれ以上耐えられないと悟った瞬間、和男のペニスは最後のピストン運動へと突入したと感じ取った瞬間君子はやおらにそれを口元から抜き取って、その絶頂の大きさになっていた和男のペニスの亀頭の先に鼻先と目元の中間くらいに自分の顔を位置づけた。その瞬間和男は自らの体内から精子を彼女の顔に発射していた。君子はその発射されたばかりの和男の体内から出された生暖かいぬるぬるとした液体を頬張るように愛おしさを噛み締めながら口元に垂れてくる一部の精子をも自らの舌に掬い取ろうとした。そして小声で
「和男さんの心の優しさを映し出させた愛しいザーメン」
と一言言った。その言葉を聴いて再び和男の前立腺は刺激されていたので、もう一度勃起しかかっていた。そして和男は思わず起き上がって、君子の顔に自分の顔を近づけ、彼自身の今さっき放出させたばかりの生暖かい精子に塗れた君子に口付けした。その瞬間自分自身が果てさせたその時の性欲の成果の味を味わっていた。するとその瞬間君子は
「和男さんご自分の味わってみてどう?少し甘い味でしょう?」
と小声でそう囁いた。その囁きの時の口元から発せられる生暖かい息遣いが彼の鼻先にかかった。その時彼の右手は一瞬君子のワギナがびくっと動いたのを確認していた。そしてとろーりと彼女は自身の体内から生暖かい愛液を滴らせていた。その愛液に無性に愛おしさを感じた和男はゆっくりと彼女の下半身の最も奥の部分から彼自身の三本の指を抜き取ってそれを自分の顔の方へ持っていき、その匂いを嗅ぎ取った。その匂いを自分の鼻先に持って行った和男は幼い頃に母親に抱かれて風呂に入り風呂から出てパウダーをぱたぱたと汗ばんだ彼の首筋に這わせてくれた時に嗅ぎ取った母親の匂いを思い出していた。
 その時和男は何故男性とは異性として立ちはだかる女性に対して自らの赤ん坊から幼少の頃の自分が母親に抱いていた郷愁を重ね合わせられるのか、不思議に思った。今勃起して果てたそしてもっと続けて抱けることさえ出来る相手は明らかに母親ではなく異性であるのに。しかしもっと先まで要求したくなってきていた和男の真意を君子はあざとく見抜き
「今日はここまで、和男さん聞き分けて下さいね。隣に夫も寝ています」
と和男の耳元に口を近づけてそう囁いた。その囁き方が何とも切なかったので、和男はつい自分の先ほど射精したために精子を放出したがために何とも言えない愉悦の状態(どうしてこんなに気持ちいい状態を神様はお与えになられたのであろうか、といつも射精した後和男はそう思うのであった)であった尿道を通ってその切っ先からカウパー氏腺液を思わず漏らしていた。俺は未だ未だ女を抱ける、そうだ、俺のペニスは寧ろ今が絶頂だ、そう思い、それを悟っていた君子の頬に和男は感謝して、君子がその部屋から静かに立ち上がって去る前にお互いもう一度キスをした。それは彼が幼い頃に母親にしたキスのようだった。

Thursday, November 5, 2009

総一郎氏と君子との競演⑥

 ところで和男はこういった一切をこの目の前で自分が今まで見た映画の話に移行して、勝手に好きな映画のことをべらべらと喋り捲る親父である総一郎氏は自分の妻の変態的な誘惑に関して気づいているのだろうか?もし全く何も気づいていないのだとしたなら、この夫は妻が好きなように他人の男性とその時々で楽しんでいることになるから、極めて気の毒というか、お人好しと言うべきか、兎に角そんなことではいいように妻にさせることになる、とそう思ったが、意外とそういうこと全てをお見通しであるどころか、妻にそういうアヴァンチュール自体を勧めている可能性さえあり得るとも思い直した。
 この館に来てから数時間が既に経過していた。未だ昼になるかならないかの時間に車に乗って、着いた時は正午近かったが、どうやら歓談し続けている間に大分夕暮れ時も近づいてきていた。しかし三人とも、尤も妻である君子はそれほど飲んではいないが、少なくとも男性郡二人はかなりアルコールが回ってきていたから、言葉もそれなりに饒舌になっていたのだが、和男自身はそれに付加された君子からの淫欲的表情の誘いを仄めかす態度自体にどぎまぎして、総一郎の手前どうしたものかと思いあぐねていたものだから、それでも衰えてはいない彼の下半身のエナジー自体が極めて想像力を通した知性によって逆に彼の理性に逆らって勃起し続けたり、精子を勢いよく射精したりするのに、まるでズボンを履いたままでいる状況自体が蛇の生殺し状態を体現していたものだから、それを横目で眺めながらこの君子は恐らく一度は自分で勝手に想像しながら行っていてさえいるかも知れないとそう思った。男性に愛撫されたり、舐めたりして貰わないで自分自身の男性に対する観察と想像においてアクメを下半身に誘導することが出来るのであれば、本当の性戯においてはそれどころの刺激では済まないなとさえ和男は懸念さえ抱きつつ、実はそのやがて訪れるのではないかと想像される状況を前にその愉悦の激しさ故に背徳的な興奮を誘うことを激烈な期待と共に身体が反応してしまっていること自体に恐れ戦いていたのである。相手が菊池真理であるとか、茜であることを想像しながら君子の肉体が恐らく彼のどぎまぎしている姿を目前にしてどれくらいの熱を帯びてきているかを想像すると、それだけでまた君子にズボンの中で勝手に勃起していくことを寧ろ誇らしげに見せびらかしてやれ、とさえ思うのだった。しかも目の前に自分の妻に勃起している中年男性を前にして語る夫がいるのである。
 ある意味ではいい女とは想像だけでアクメに到達することが出来るのだ。そのことを気付きあった女性同士はいい刺激を得られる場所を同性同士で知っているので、いいレズビアンパートナーになり得るものである。それ自体を気のある男性に誇らしげに見せびらかすことで余計にラビアエンスージアズムを誘引してしまうのである。
 所詮女とはいい意味でも悪い意味でもメンスによって外部に排出させるような生理自体を隠しても、オープンにしてもうずうずと外部から男性に誘引されつつ液体を発散させたり、愛を表情から醸し出させたりしながら全身で愉悦しているそういう生き物なのである。それを存在として感じて男性は勃起して、精子を射精する。このシステム自体が人類を繁栄させてきたのだ。これは酒を飲みながらの饗宴ではあるが、性の競演でもあるのだ。
 東山から認められる西日がそろそろとっぷりと暮れていく頃、大分酒の回った総一郎と和男は一度和男自身がトイレで、二度目にはズボンの下にくぐもらされていたペニスの切っ先から射精しながら、その感じてしまった女性の夫と親しげに話すという状況自体が、和男にその夜何かあるかも知れないという想像を止ますこと自体が極めて困難であった。
 もうここまで来れば<毒を食らわば皿まで>である。
 その夜、と言うよりそれよりも少し早い時間帯に既に君子は隣の客用の寝室に布団を敷き、まるで観光地の旅館の女将のようにシーツを敷布団の上に敷き、掛け布団を出してそこに引いた。総一郎は「ウッディー・アレンも大分枯れてきたよね」とか「やはりビリー・ワイルダーがいいね」とか「それにしてもロバート・アルトマンは天才だった」とか一人で、尤も和男も映画に関してはそれなりに知識的にも、好きであることでも一過言もっている積もりだったので、決して退屈な話題ではなかったので、真意レヴェルでは彼の妻である君子の肉体に火照った身体そのものはずっと反応し続けてきていたのだが、適当に総一郎に相槌を打っていてのだった。
 それにしても先ほど来、君子が和男の右耳と右の頬に吹きかけてきていた溜息と熱い吐息は実に和男の前立腺を刺激し続けていた。今夜はいい勃起がまた到来してくれるだろう、と和男は自らのペニスに密かに語りかけていた。「おい、お前しっかり頼むぜ」と。

Monday, November 2, 2009

総一郎氏と君子との競演⑤

 暫くの間気持ちを抑えるために立ってマスターベーションをした後に、洋式トイレの便座に腰掛けて深呼吸をしてから二人の待つ応接間へ戻ろうと和男は思った。
 和男は先ほどまで座っていた君子の隣にまた戻って行った。君子は笑顔でウィンクを和男に夫の総一郎が和男の方へ振り返った隙に送った。その瞬間また和男のペニスは今しがた精子を放出したのに、切っ先にカウパー氏腺液を滴らせるような想像を誘ってしまった。もうこうなったから構うものか、自らの下半身の欲望を若い女性にいい中年が、性欲が旺盛であることを憚ることなく見せびらかすようにして開けっぴろげにしてやろう、とそう思った。何故なら君子はどうもそういうことに対して倫理的規定を他人に設けるようなタイプではないどころか、そういった欲望を剥き出しにしてくること自体大歓迎である、そういうタイプのように和男には思えたからである。しかしそれは間違いではないどころか、そんな悠長な判断を全て無効化するくらいに手慣れた女性なのである。
「河合さんはお隣の部屋にお泊り下さいね」
と君子は言った。和男は泊る場所なんて同じ家屋の中であるなら、どこだって同じだとそう思った。それどころかこれから夜自分は果たして眠らせて貰えるのだろうか、とさえ和男は思ったのだ。そして再び君子は和男の脛と膝と腿の辺りを摩りだしたのだった。
 和男は再び中年男性の性的能力を快調に発揮させてズボンの中にくぐもらせていたペニスを勃起させていた。もっと摩って心地よい刺激を加えて欲しいと、和男のペニス自体は叫んでいた。
 東山の景色が夕暮れ色に染まる頃、君子の大胆不敵な笑みを横目で眺めながら、和男は先ほど抜いたばかりだと言うのに、再び今度はあろうことか、そのままズボンの中で一度果てていた。それをびくっびくっとピストン運動をする和男のペニスを君子は上から察知して更に笑みを深めて
「河合さんたら、まあ、あなたの優しさを発揮してこられたわね」
と意味深なことを行った瞬間、君子は右隣に腰掛けて和男の右耳に熱い息を吹きかけてそう囁いた。和男はまるで「待ってました、あなたのそのような欲望剥き出しの姿を」とでも言いたげな君子の言葉に更に刺激を加えられて、ペニスからトランクスの下で暴発してしまったために濡れてその日の暑さを紛らわすのに都合のよい、固有の冷たさにその夜、君子との間で繰り広げられることがどういうことになるのか、ということに想像を只々逞しくしていたのだった。その日和男は何度でも勃起可能だ、そう思った。

Friday, October 30, 2009

総一郎氏と君子との競演④

 和男はもういても立ってもいられなくなった。何故なら和男が君子によって性的刺激を技と受けていて、それに未だそれくらいのことをして何も感じないくらいに老いてはいない性的感受性自体を、まるで弄ぶように君子が和男の性的興奮を夫である総一郎氏に見抜かれないように必死で取り繕っていること自体を見て、しかも彼自身にはっきりと分かるように目配せしながら、楽しんでいる、その愉悦の表情には、メス豚と呼ぶに相応しいのに、かと言ってそれを拒絶するにはあまりにも惜しい性的魅力を湛えていたからである。
 和男は彼の脛とか腿を総一郎に悟られないくらいに軽妙さで、しかししっかりと性的刺激を和男のズボンの下にひっそりと仕舞い込まれたペニスに直撃していることをその目でしかと確かめている時、ひょっとしたら、彼女のクリトリスもじんわりと温まり、勃起しながら、その実決してそれを直には触らないで想念だけで和男の総一郎に見つからないようにしなればいけないという健気な姿を見ながらでも一回くらいはオーガズムへと至っているのではないかとさえ想像した(接さず漏らすである。ひょっとしたらこういう時のためにバルトリン腺液が滴ることを未然に想定してソファを濡らさないために毛糸のパンティーを履いているのかも知れない)。それくらいこの君子という女性の物腰と男性自身に対するあしらい方は堂に入っていたのである。和男がこの女性を最初に見た時に感じた印象はやはり間違いではなかった。
 和男は総一郎の方に向いて
「また小便がしたくなりました」
と笑顔でそう言って
「トイレへ行ってらっしゃい」
と言う君子(その言い方には含みがある、まるでトイレで一回きちんと抜いて来なさいとでも言いたげな口調である)を尻目に
「どんどん遣って下さいよ」
と酒をもっと飲めという口調でそう言う総一郎の脇を抜けてトイレへ行った。和男はトイレに入ってズボンを下ろし、既に怒張しきった彼のペニスを君子が自分のものを口に含んで彼女のパンティーを片手でずり下ろし、もう片方の手では和男のペニスの付け根にあるホーデン(睾丸)を摩りながら和男の勃起をより持続させるために時々しゃぶる唇を離しては、また口に銜える射精をコントロールする姿を想像して、急いでマスターベーションをした。
 あまり時間をかけ過ぎていると、怪しまれるかも知れないし、戻していると思われでもしても失礼なので、なるたけ若い頃の早漏気味のことを想起して、まるで高校生が年上の女性を想像して「せんずり」を掻く要領で射精した。彼は自分のペニスを扱くのに左手を使うので、右手でねっとりとした精子を受け止めて、それを丁寧にトイレットペーパーで拭き取って水洗で流した。
 それにしてもあの総一郎はことの全てを知っていて、自分の妻を楽しませて、しかも自分より若い妻と性的な意味では相応しい年齢の客人が困る姿を眺めて、妻が倦怠的夫婦生活から少しでも回春作用があることを喜んでいるのではないか、とさえ想像した。
 そしてそれは決して間違いではなかったのであるが、その時は未だ和男にはそこまでは了解出来なかった。
 しかし和男は自分のその時射精した精子が意外とねっとりと濃いことに安心した。俺の性的能力は結婚しても尚浮気するくらいの余裕を残している、とそう思った。そして総一郎の性的能力とはどれくらいのものかということを想像した。つまりそれによっても彼の妻に対する本質的思い遣りの意味が変わってくるからだ。
 しかしそれも和男にとってはじきに分かることであった。

Thursday, October 29, 2009

総一郎氏と君子との競演③

 和男たちは次第に君子が次々と運んでくる料理と酒のせいで大分お腹も一杯になって酔いも回ってきていた。しかし君子は「奥さんもどうですか?」と言って和男が注いだビールをニ三杯飲んだくらいで殆ど素面に近かった。
 総一郎氏は陽気に
「ここを最初に買った時は一体住み心地がいいかどうかと思っていたんですけれど、意外と住みやすいんで気に入ってもう一生住もうと家内とかねがね思っておるんですよ」
と笑いながらそう言った。
 しかし和男はもうこれ以上酒は飲めないという態度をそれでもどんどん君子が運んでくる酒を勧めるものだから、しきりに取っていた。しかし今隣に座っているのは君子だった。そして和男の持つグラスに更に日本酒とかチュウハイを注いでいる時それとなく和男の膝と腿の辺りに彼女がグラスに注ぐ右手ではない、空いている左手を持たせかけ、次第に摩るような仕草さえしたりしたのである。そのことを自らの足に感じる感触で見逃さない和男だったが、それも時折一瞬かなり明確に和男の下半身に刺激を加えるようにそうするのである。しかもその仕草があまりにも突発的に自然なものなので、総一郎氏は殆ど気にもとめていないようだった。いや意外とこういうことを平気で妻に自分が連れてきた客にさせている、そしてそれを承知で妻も楽しむ、そういう夫婦なのかも知れない、と和男は思った。
 和男は一度君子が奥の調理場兼台所に引っ込んで新たに何か川魚を調理している時に、総一郎氏が和男にもう一杯と極上の日本酒だと総一郎氏が言う酒を注いでいている時急に便意を催し、トイレに行こうとして「トイレお借りできませんか?」と聞いて、「あっちの奥だよ」と君子が立っている台所の手前の方を振り返って指差したので、そちらにソファから立ち上がって歩いていくと、何と奥の台所から君子が包丁を片手に、和男の方に振り返ってコケティッシュで意味ありげな微笑を彼に示し、一瞬だがウィンクをしたようにさえ受け取れた。明らかにあの表情と態度は和男を誘惑している風情だったのである。
 そのことは再び料理を運んできて和男の隣に座った君子が夫の総一郎がしきりに陶芸の話を和男にしている時、庭の方を一瞬夫が眺めている間に、夫には悟られないようにそれとなく再び君子が和男にウィンクをして、しかもその時和男の太腿を刺激するように摩りながら、おすねぼんさんの方へと往復させたことでも明らかだった。この女は明らかに自分のことを性的に誘っている、そう和男は確信した。しかも和男があまり君子の和男の膝と腿への刺激の仕方が巧い(それも一瞬目の前の夫の目を盗むように)ので、思わずペニスを勃起させて、明らかにそこを見つめている君子がはっきりと分かるくらいにさきほどまで縮こまってパンツの下に仕舞い込まれていたおちんちんがくくっと大きくなって、ジッパーによって閉じられているズボンを一気に窮屈な感じにしたので、内心では狼狽した。しかもあろうことか、君子はそれを察知したことを笑みで隣座っている和男に返して、しかも深い熱い溜息を和男の隣に座っていて、すぐに台所にも行けるようにしていて、和男は台所の方へ向いて、総一郎氏は台所に背を向けて座っていたので、必然的に和男の右耳に吹きかけたのだ。その瞬間和男の勃起は確定的に持続することとなった。もうこうなったなら、いっそ一度トイレにでも中座して一発抜かないと収まりがつかないものである。そうでなしにこのままずっとしていたら、尤もそれこそがこの君子の望んでいることなのかも知れなかったが、和男は総一郎と談話すること自体に無理を感じ取っていたのだ。

Tuesday, October 27, 2009

総一郎氏と君子との競演②

 二人が二十分くらい話し込んでいると、君子が一人でお盆に色々なものを載せて応接間に運んできて、ソファの前に置かれてあるテーブルの上に次々と総一郎と和男のために料理を置いていった。和男は
「あっ私も手伝いましょうか?」
気をきかせてそう言うと笑いながら君子は
「いいんですよ、そこにゆっくりとお座り下さい。そしてお召し上がり下さい」
と言って再び炊事場の方に戻って行った。総一郎が
「家内はこういうことしょっちゅうなので、慣れとるんですよ、どうぞ彼女に全て任せておいて下さい」
と言った。テーブルの上には京豆腐を使った湯豆腐や、九条ネギを合えてある鶏のスープとかとうもろこしの天麩羅(ここら辺の名物であると言われる)などがふんだんに大皿に盛り合わせてあった。こんなご馳走を他人のお宅で頂けるとは思いもよらなかった。しかしこういうことも全てことの成り行きだし、要するに出会いである。そう和男は遠慮なくこれらの持て成しを受けることにした。
「さあ、どんどん召し上がって下さい。今日は暑かったので、東京の方からいらしてお疲れでしょう」
と総一郎は君子が冷えたビールと日本酒を運んできて置くとそのビール瓶を君子がその時置いていったグラスに注ごうとしたので、すかさず和男はそのグラスを持ち注いで貰う体勢で待ち構えた。総一郎はビール瓶をグラスに傾け、こくこくと音と立てているビールを見ながら八分くらい注いだところで、今度は自分のグラスを持ったので、和男が今度は代わりにそれを注いだ。
 二人が「乾杯」と言ってビールを一口飲み干すと、奥の方から君子もこちらの方へとやってきた、今度は和男の隣に座って、和男がビールの一杯目を飲み干すとその空になったグラスにビールを注いだ。そしてそこに置かれてあった君子のためのグラスに今度か和男が彼女のためにビールを注いだ。二人は勝手に総一郎とは別箇にグラスとグラスをかちんとぶつけて乾杯をした。
 総一郎氏が
「家内はあなたのことを気に入ったみたいだね」
と言った。和男は
「冗談言わないで下さいよ」
と言った。君子は一瞬その言葉を聞いて和男の方を振り返って、にこっと笑みを浮かべた。その表情が今目の前にしている夫である総一郎の目配せによるものだったのだろうか?それとも只単に彼女自身による自発的なものだったのだろうか?兎に角その時の彼女のコケティッシュな表情が妙に和男の気持ちをざわつかせた。そして再び
「どうですか?明日また何処か参りましょう。ですから今日はここにお泊りになっていらしたら?」
と君子は再び和男にそう促した。そしてそれに続けて総一郎もまた
「そうだよ、河合さん、どうせ明日は日曜なんで仕事はオフなんでしょう?」
と言って和男がこの萱場宅に宿泊していくことを勧めた。最初そう言われた時和夫は殆ど、声にならないか細い声で「そんなお構いなく」とだけ言っていたが、あまりにもこの二人の勧め方が積極的であったために、はっきりと断りきれなかったのである。だから二度目にそう言われた時彼らの勢いに負けて
「そうですか?まあ、明日は何も今のところ予定がありませんから」
と言って、二人の積極的勧めに屈した形となった。しかし本当に翌日何か特別予定が入っているわけではなかったのである。そう和男が言うと、君子と総一郎は
「そうですよ、泊まってらっしゃい」
と言って二人で顔を見合わせた。

Monday, October 26, 2009

総一郎氏と君子との競演①

 萱場氏は和男に
「河合さんはどんな食べ物を特に召し上がられるのですか?」
と聞いた。そんなことを改めて聞かれると戸惑うくらいに和男は贅沢な食ということ自体に関心のない人生を送ってきたし、どうやらこれからもそういうリッチな気分の人生を送っていきそうにないと思われたので
「私はグルメ志向はゼロですから、一切贅沢な食材には関心がないんですよ」
と言った。するとにこやかな表情になって萱場総一郎氏は
「そうじゃないかと思っておったんですよ。だから技とそんなことをお聞きした次第ですよ。いや他意は御座いませんからお気を悪くなさらないで頂きたいのですが、私は結局そういう風に一切虚飾を取り払ったところでしか真の心の贅沢って奴はその人間に巡ってこないもんだと思っておるんですよ」
と言うと和男はすかさず
「そんな大それたことではありませんね、私の場合は、ただあまり実際にリッチな人間ではない、ただそれだけのことですよ」
と言った。すると萱場氏は
「つまり、そこからしか本当にいいものの味なんて分からんのですよ。謙遜とかそういうことでも、粗食志向ということもない、要するにリッチな食とは何かという問いを突き詰めることは魯山人のような天才に任せておけばよいのであって、つまり私らは端的に好きな時に好きなものを食べる、しかもその好きなものとは日常的に最も私らが食べるものでええんですよ」
と言った。なるほどと思ったが、しかしそれにしても昼食までよそ様のご自宅で頂くなんて京都へ来るまでは思い至らなかったし、そういう意味では恐縮する気分の和男だった。そんな和男の表情を見かねて総一郎氏は
「あまりお気に無さらんで結構ですよ、実は家内の奴はああ見えて結構あれなんです。つまり人様に色々気を遣って持て成すこと自体が好きなんですよ」
と言ったものだから和男は
「ああ見えてってどういうことですか?」
といきなり不躾にそう聞いてみた。するとげらげら笑いながら総一郎氏は
「ああ、参ったな、そうですよ、つまりね、家内は私と結構年が離れておるでしょう、ですから、そういう自分と同世代とか、自分より少し年上のあなたのような方を持て成すことで、私からは得られない自分本来の年齢に合った若さを保っておるんですよ。でもね、あなたみたいに私が連れてくるお客さんに限ってそうするんです、つまり家内は家内なりに私に気を遣っておるんですよ」
と言ってまたげらげら笑った。そんなに大声で語って、向こうで食事を用意している君子夫人に聞こえでもしないものだろうか、と和男は訝った表情でその笑い声を聞いていた。しかしその時には未だ和男にはその言葉と笑いの意味をそれほど真剣には聞かずに受け流していた。

Sunday, October 25, 2009

萱場総一郎氏との出会い(7)

 君子は女性固有のしっとりとした匂いがした。一体どんな香水を彼女はつけているのだろう、と和男は想像した。尤も彼は香水のことに詳しいわけではない。しかしあの菊池真理には真理の、茜には茜に固有の匂いがあったことだけは確かである。女性とはどうしてこういい匂いがするのだろう、と今更ながら和男はそう思った。まるで赤ん坊が母親に対して接する時に感激のようなもののようにである。しかしそうである、男性は常に女性の前では母親に接する赤ん坊のようなものではないのだろうか?
 君子は目立つ紫色のワンピースを着ていた。その色も彼女の色香そのものにいい添え物として作用していた。
 その日は確かにかなり午後も暑かった。全く10月だというのに、どうしたというのだろう、そう和男は思った。天龍寺にて加山画伯の天井画を見終わった時既に11時半は過ぎていた。だからその時は既に一時くらいにはなっていたのだ。
 総一郎氏は
「河合さん、お腹が空いてらっしゃいませんですか?」
とそう和男に尋ねた。萱場総一郎氏は君子夫人にそう言ってからすぐ
「君子、お前何か僕たちに作って用意してくれないか?」
と隣にそれまで座っていた妻を促した。和男はすかさず
「あっ、どうぞもうそんなお構いなく」
とそう言ったが彼の腹はグーと音を立てていた。そう言えばその日彼は朝新幹線に乗り込む時に東京駅のキヨスクで購入したサンドウィッチを走る電車の中で京都へ着く前に口に放り込んだだけであったことをその時思い出していた。
「分かりました。何か用意致しますわ」
と言ってそそくさに妻の君子は夫総一郎と来客である和男に何か差し出そうと台所まで奥へと引っ込んで行った。

Saturday, October 24, 2009

萱場総一郎氏との出会い(6)

 和男はこの目の前で話す君子という女性が、大分年上のこの萱場総一郎という壮年男性とどういうセックスをしているのだろう、とそう想像し始めた。下半身不随ということが性生活にどのような影響を与えているのだろう、もしあまり巧くいっていないのだとしたら、この女性の性欲に対する対応をどうしているのだろう、とそう思った。
 和男は多くはネット配信で本番のシーンも時々見ていたが、それらは端的に視聴者に対する配慮から、余計に誇張した興奮を演じているだけであり、本当にそれくらいに振舞う女性はいないのではないかと若い頃はそう思っていたが、実際はそうではない、もっと凄い女性というものはいるということは、分かっていた。それくらいの経験は和男くらいの年齢の男性はある。
 しかし一番興味深いことには、性生活に飽きてしまった男性を夫に持つ妻が異様に性的魅力を湛えていて、そのことに対していい加減うんざりしている夫が、異様に子どもを可愛がる心理が和男には理解出来る気がした。
 つまりそれはこういうことである。まず亭主元気で留守がいい、という言葉の通り、そういう風にお金だけは有り余るくらいにある有閑マダム(懐かしい言葉である)なら、いつも夫が仕事で外出中に好き放題に趣味の集いで主婦同士で楽しんでいるくらいならいいが、ひどくなるとツバメを拵えて若い性のエキスを吸収したりしている。その妻の異様なり性欲に十分性的能力的にも好奇心からも対応出来る凄腕の夫でなければ、結局そういう妻の生態に持て余し気味になり、ついには妻を食うだけ食って空き放題に遊ぶメス豚のように思うようになる。つまりそういった妻に対するある種の諦めこそが自分の息子とか娘を溺愛するようになるということはあり得る。
 この夫婦には子どもはいるのだろうか、そう和男は思った。しかしそんな立ち入ったことを他人の家に上がり込んで聞くことも憚られる。向こうから話しださなければ失礼に当たると思った。
「もうこちら京都では何処か行かれないんですか?」
と君子が聞いてきたので、和男は
「いや、明日は日曜ですが、今日の午後には新幹線で向こうに戻るつもりだったんですけれど。仕事で写真を撮れればそれでもういいと思っていたんですけれど、ついお邪魔してしまって」
と言った。すると笑みを浮かべて、萱場総一郎はあろうことか
「どうだろう、河合さん、今日はここに泊まっていかれたら?」
とそう言い出したのだ。
「いやあ、そう言われましても、ご迷惑ではないですかね?」
と和男が言うと
「何、家には子どもがおらんので、結構広過ぎると常々思っておったものだからね、なあお前」
と総一郎氏は妻の君子にそう同意を求めると君子は
「そうですわね、あなた」
と言って、和男の方に向き直り
「どうです、主人の言うように今日は泊まっていってらっしゃいよ。明日何かご予定でも?」
と妙に色っぽい声でそう言った。その時一瞬和男は誰しも抱く変な想像をしてしまった。下半身不随の夫(しかし妙に色艶のいい男である、この萱場氏は)と若い妻と、働き盛りの中年男性である和男という組み合わせ。まあそれ以上は読者の想像にお任せする。
 和男は
「いえ、何もありませんけれど、今のところ」
とそう返答すると、君子と夫の総一郎氏は
「なら、泊まっていけばいい」
とそう声を合わせてそう言った。

Thursday, October 22, 2009

萱場総一郎氏との出会い(5)

 和男は毎年のようにあの周辺の桜を見に出かけている。だったら、ひょっとしたら、一度くらいこの萱場君子と擦れ違うくらいしているかも知れない、そう思うと思わず親近感が押し寄せてきた。
 それにしても最初主人から自分へと紹介された時少なくとも彼女の年齢は萱場氏が六十五歳前後であることは確かなので、それよりはどう見積もっても、十歳くらいは若いと思っていたが、それはかなり彼女の面持ちから物腰全体に至るまで妙に落ち着いていて、精神的な重量感があるからだったが、こうして座って相対して話していると、意外ともっと若い年齢であるということが確認出来た、と和男は判断していた。そうなのだ、恐らく彼女は自分よりも更に八歳くらいは若い、従ってあの芝沢と共に訪れたクラブのママである幸恵ともそんなに変わらないくらいの年齢だとそう思った。
 しかしそれなのに最初この女性にはどこか慰安を感じさせるところがあるということは、それだけ人生的には精神年齢を重ねさせるものがあったということを意味する。
 通常ティーンエイジャーとか二十代前半と言ったら、殆ど頭の中はセックスのことだけである。それではいけないと自己規制して崇高な論理とか倫理に憧れていてさえ、そういう意志決断するということ自体に既に潜在的には性への飢えを持っているということを証明している。従ってそういう年齢を通過していくと自然とセックス体験を有することになるのが普通の若者のケースであろう。そうではなくて生涯童貞や処女を守り通しても、それ自体が弊害にはならないようなタイプの人は極めて少ない。どこか歪んだ性格にもなっていくことも多い。しかしそういう性的な充足感の欠如を穴埋めしてくれるような大人な態度の異性と男性が出会うことは精神的にはかなり大きなことである。その相手が自分よりは通常年上であることの方が多いが、極稀に年少者である異性にそれを感じ取ることもあるだろう。つまり君子には和男にとってではあるが、そういう風に自分よりも年少であるのにもかかわらず、彼の人生の苦渋を優しく包み込んでくれるようなタイプの慰安を極自然に醸し出させている、そんなところがあったのである。これは男性的な毅然とした中性的、ユニセックス的性的魅力である菊池真理にはないものだった。しかしそうであるが故に和男にとっては菊池真理のようなタイプこそ最終的にゲットしたいと思う価値ある異性でもあったのだ。つまりその途中のプロセスにおいて君子のようなタイプの女性がいてくれると勇気を持って菊池真理へとアタック出来るのに、と勝手にそんなことを頭の中で思い描いていた。そして今目の前にいる萱場君子には、ティーンエイジャーに接する三十女のような感じで、五十になる和男を誘導してくれるような心の余裕を和男は感じ取っていたのである。
 和男は更に多摩湖や狭山湖の話題を続行させ
「奥さんは多摩湖や狭山湖にも毎年行かれているんですか?」
と質問すると即座に君子は
「いえ、毎年じゃ御座いませんわ。でも一昨年は行きましたわね、その友人と一緒ですけれどね」
と言った。すると和男は更に
「では去年はどちらに行かれたんですか?」
と聞くと、君子は
「去年は千鳥が淵に行きましたね。それからこちらでは大原の方にね」
と言った。
「千鳥が淵は私もよく行きますね。でも大原の桜もいいですかね?」
と和男が聞くと君子は
「観音堂前などはなかなか壮麗ですわね」
と奥ゆかしい態度でそう言ったのだった。

萱場総一郎氏との出会い(4)

 和男はこの君子という名の萱場氏の妻である女性に直観的にどこか男性自体に対して手慣れた感触を掴んでいた。それは彼女が行く後から応接間に入っていった時に確かめられた後姿から察する色香と、腰つき、そして一瞬プーンと匂った体臭からである。
 幸恵や杏子と共通する感触がそこには感じられた。茜は黙って全然違った格好をしていれば、クラブ勤めであるとまでは分からない雰囲気がある。しかし菊池真理は真理でかなり妖艶さがあったが、彼女はビジネスウーマン的な男性性もある。だからこそ日頃隠しているような妖艶さを逆に想像させてしまうところもある。しかしこの今目の前にいるこの君子はどこかしら男性に対して巧みに慰安的雰囲気を与える術を知っているように直観的に和男はそう踏んだのだった。しかしそれは間違いではなかった。
 しかし萱場氏は
「どうです、いい眺めでしょう?」
と和男に同意を求めた。しかし和男は先ほど絶景と言ってしまったので、今度は違う語彙で表現しようと思い
「どんな人が昔は住んでらっしゃったんでしょうね?」
と聞いた。すると萱場氏は
「近くの寺の僧侶だって聞いていますけれどね」
と言った。そして続けて
「私もよくは知らんのですよ」
と言った。それに続いて君子が玄関先で萱場総一郎から「埼玉からいらした河合和男さんでいらっしゃる」と君子に紹介していたので
「河合さんは埼玉県のどこら辺にお住まいなんですか?」
と聞いた。和男は
「ええ、小平の方なんですけれど、実は会社は東村山市のマンションを利用しているんです」
と言った。しかし京都に住んでいる人にそんなことを言っても分かるだろうか?しかし意外にも君子は
「よく知っていますよ。あそこら辺のことは、東村山のお隣は所沢ですよね」
と言った。
「よくご存知ですね」
と和男が言うと、君子は
「ええ、昔友人がそっちの方に住んでいて、訪ねたこともあるものですから」
と言った。
「狭山湖とか多摩湖、よく友人と一緒に歩きましたからね」
と言った。和男は度肝を抜かれた。
「それは奇遇ですね。多摩湖は村山貯水池が正式名称で、東大和市ですけれど」
と言うと君子は
「狭山湖、正式名称は山口貯水池で所沢市と入間市ですわよね。そうでしょ?」
と続けた。更に和男は君子の博識に度肝を抜かれた。少々狼狽している表情を和男がしていると、萱場氏が
「これは、よく桜の名所を日本中歩き回っているんですよ」
とそう言った。確かにあの両貯水池の周辺の桜は綺麗である。

Tuesday, October 20, 2009

萱場総一郎氏との出会い(3)

 和男は萱場氏の車に再び乗り込んで、彼の自宅へと向かって萱橋氏の運転で助手席に乗って、車の外が10月なのに異様に暑かったということを後日想起するだろうとそう思った。確かに地球は温暖化している。冷夏であり暖冬であるような一年の季節感を狂わせるこの地球上の気候の変化に、しかしいつまでもそれが異常だと思っていても仕方ないとそう近頃では和男は思っていた。
 萱場氏は色々と裏道を知っているので、比較的早く十分足らずで東山の銀閣寺の裏手にある萱橋氏の邸宅に到着した。山の中腹にある見た目なこじんまりした邸宅は、しかし萱場氏の誘いで玄関の中に入った時意外と広いということが分かった。玄関で出迎えてくれたのは萱橋氏の妻である君子だった。「妻の君子です」と氏が紹介してくれたのだ。最初に目にした時君子は六十代後半であろうと思われる萱橋氏よりは少なくとも二周りは年少であると思われた。未だ三十代前半のように見えた。せいぜい菊池真理や茜よりは少し年長だろうけれど、君子は少なくとも昨日会った幸恵や杏子よりは明らかに若かった。
 菊池真理は長い髪の毛をしているが、茜はショートカットだ。しかし君子は中くらいに髪の毛を伸ばしていたが、胸だけは真理や茜よりも立派だった。腰つきもしっかりとした体格である。茜はスレンダーで、菊池真理は体格は比較的着やせはするものの、ふくよかそうだった。和男はここのところ自分の周囲に代わる代わる登場する女性たちを色々な角度から脳裏で値踏みしていた。
「どうぞお上がり下さいませ」
と言って君子は靴を脱ぐように促し、玄関に上がっていこうとする和男を応接間へと導いた。萱橋氏は玄関脇に設えられているスロープを電動車椅子を走らせた。そして庭先に面した廊下を行き、右にある応接間へと入って行き、自分で車椅子から降りてソファに寛ぎながら、「どうぞ、そちらにお座り下さい」と言って和男が座るように促した。
 君子は萱場氏の隣に座った。そして萱場氏は庭の方を指差して
「どうです?ここからだと平安神宮も南禅寺も京都御苑も見渡せた。またソファに座って眺めると丁度いいヴューとなるのだった。
「なかなかここからの眺めは絶景ですね」
と和男は言ったが、それは勿論世辞ではなかった。本当に素晴らしい眺めなのである。

Thursday, October 15, 2009

萱場総一郎氏との出会い(2)

 萱場総一郎氏との出会い(2)

 和男は萱場氏の電動車椅子から車へ、そして目的地に到着した後で、再び車から外部へ出ていくその逐一の動作にかなり手慣れた感じの印象を持った。それくらい頻繁に外出している身障者であることをその時彼は悟った。
 二人は境内に入り、各所の寺社を回って、最後に法堂の天井にある加山又造画伯の描いた雲龍図を拝観し、鑑賞した。しかし一箇所湿気で傷んで剥げ落ちている箇所があった。加山画伯のそこに絵を描いたのもそれ以前のものの傷みが酷かったためであると言われ、要するに空間的位置と、建築の仕方といった条件があまりよい状態ではないのだと和男はそう思った。
 ウィキペディアの2009年10月15日付けによると、天龍寺とは次のように記されている。

 天龍寺の地には平安時代初期、嵯峨天皇の皇后橘嘉智子(たちばなのかちこ、786-850)が開いた檀林寺があった。その後約4世紀を経て荒廃していた檀林寺の地に後嵯峨天皇(在位1242-1246)とその皇子である亀山天皇(在位1259-1274)は離宮を営み、「亀山殿」と称した。「亀山」とは、天龍寺の西方にあり紅葉の名所として知られた小倉山のことで、山の姿が亀の甲に似ていることから、この名がある。天龍寺の山号「霊亀山」もこれにちなむ。
足利尊氏後醍醐天皇の菩提を弔うため、大覚寺統(亀山天皇の系統)の離宮であった亀山殿を寺に改めたのが天龍寺である。尊氏は暦応元年/延元3年(1338年)、征夷大将軍となった。後醍醐天皇が吉野で死去したのは、その翌年の暦応2年/延元4年(1339年)である。足利尊氏は、後醍醐天皇の始めた建武の新政に反発して天皇に反旗をひるがえした人物であり、対する天皇は尊氏追討の命を出している。いわば「かたき」である後醍醐天皇の死去に際して、その菩提を弔う寺院の建立を尊氏に強く勧めたのは、当時、武家からも尊崇を受けていた禅僧・夢窓疎石であった。寺号は、当初は年号をとって「暦応資聖禅寺」と称する予定であったが、尊氏の弟・足利直義が、寺の南の大堰川(保津川)に金龍の舞う夢を見たことから「天龍資聖禅寺」と改めたという。寺の建設資金調達のため、天龍寺船という貿易船(寺社造営料唐船)が仕立てられたことは著名である。落慶供養は後醍醐天皇七回忌の康永4年(1345年)に行われた。

 かなりの有為転変を経験してきた地所であることをそこから読み取ることが出来る。和男に色々と説明しているところを見ると萱場氏は長年京都に住んできているのかと関心を抱き、和男は
「京都には長くお住まいなんでしょうか?」
と尋ねた。すると萱場氏は
「いえ、数年前に引っ越してきたんですよ。私が事故でこういう体になってから、色々と女房とも相談して、空気がいい場所を考えて、今は東山の方に住んでいるんですよ、これから河合さんも連れて参りますから、お分かりになられると思いますけれど」
と言った。その言葉が本当なら、萱場氏は比較的最近までは健常な身体の持ち主だったことになる。つまり六十歳くらいの時にそういった事故に遭われたということになる。
「かなり長いこと曲芸のお仕事をなさっておられたんですね」
と和男はそう言うと萱橋はにこやかな表情で
「そうなんですよ。私もその時までは若い頃のまんまの気持ちでそういう仕事をしてきていたんです。でもある時、やはり私も大分衰えていたんでしょうね、肢を滑らせてしまったこのざまになったってわけですよ」
と言った。
 確かに人間とは記憶の上ではいつまで経っても若い時のままであるが、確実に年齢とは人間の生活の上で老いを忍び寄せてきているのだ。それは確かに昨今和男も感じ取っていた変化である。つまりそのことに対して精神的な勢いでもってカヴァーしているのである。同じような人間的気迫のようなものを、最初に和男に語りかけてきた時から和男はこの萱場氏に対して感じ取っていたのである。だからこそ相手から自宅に来ないかという誘いに和男は快諾したのだった。
 和男は既に仕事に使用するつもりである写真は清涼寺と大覚寺において撮っていたので、これ以上萱橋氏の車で連れ来られたその天龍寺では写真を一枚も撮らなかった。萱場氏との対話をしながら歩いてきていたので、それはそれで一向に構わないと和男はそう思っていた。

Tuesday, October 13, 2009

萱場総一郎氏との出会い(1)

 和男は萱場氏がいきなり自分の素性を明かしたりして、和男に親しげに話しかけてきたことにいささか面食らっていた。そういうことというのはあまり東京近辺ではあるものではない。しかしここは京都なのだ、とそう思った。しかし少なくとも京都だからと言ってこうやって話しかけてくる人間の全てが善良だなどと和男は露ほども思っていなかったものの、何故かこの萱場老人と呼ぶには少し早いものの、後数年経てば立派な老人と呼んでもいい頃合の年齢らしきその紳士が率直に和男の好意を歓迎し、それを彼に伝えてきたのだから、取り敢えずは信用してもいいとそう思った。しかも相手は下半身不随の身障者である。勿論だからと言って、車に乗り込んだら後ろに手下が乗り込んでいて彼を羽交い絞めにしないという保障はないので、一応萱場氏が電動車椅子を走らせた先にある駐車場に停めてあった彼の車の後部座席をそれとなく確認するとどうやら誰もいないようだった。
 萱場氏は和男に
「どちらからいらっしゃったんですか?あっ、そうでしたお名前をお伺い致していませんでしたね」
と言った。和男は
「河合和男と申します。ブログとかウェッブデザインとかをしております。埼玉県から来ました」
と言った。それを聞いて萱場総一郎氏は
「何か垢抜けていてそういう感じのご職業ではないかとそう思っていましたよ。でも遠くからいらしたのですね」
とにこやかにそう言った。どうやらこの人は本当に他意のない人らしかった。
「どうぞ、お乗り下さい」
と言って、萱橋氏は
「前にお乗りになられますか、それとも後ろに?」
と聞いてきたので、和男は折角京都に訪れたのだから車窓からも少し景色を見たいと思って
「では前に乗らせて頂きます」
とそう返答した。
「どうです、私の自宅に行く前にどちらかお寄りになられたいところでも御座いますか?」
と萱場氏がそう聞いたので、遠慮なく和男は
「天竜寺に行ってみたいですね。加山又造氏の伽藍の龍の図を見たいものですから」
と言った。すると
「ああ、ここからすぐですから、行ってみましょうかね」
と言って、助手席のドアを開けて、和男を誘い乗せてから自分は車椅子ごと運転席についた。運転席から電動で下に降りてくる仕掛けになっていたので、彼は難なく席に着くことは出来たのだ。
 和男は以前、妙心寺において狩野探幽の雲竜図(重要文化財)を観たことがあったが、その時にはかなり感動をしたものだった。ほんのついでに訪れた場所だったのだが、他のどこよりもよいとそう思った。
 萱場氏は難なく運転し始めた。そして
「今日はお仕事で京都へお越しですか?」
とそう聞いたので、和男は
「ええ、もう大体仕事は終わりましたけれど」
とそう答えた。和男は暫く運転していると、天竜寺の境内の入り口が見えた。すぐ脇には京福電鉄嵐山駅が見える。この電車にも前に一度乗ったことがあったが、なかなかよかったとそう和男は思った。何より風情がある。江ノ電もいいが、この嵐電と呼ばれる電車のいい。
 萱場氏は境内の入り口から逆に左折して少し入っていったところにあった駐車場に停めた。二人は車が停められると、ドアを開けて晴天の嵐山駅前の境内の入り口まで歩いて行った。

Sunday, October 11, 2009

休日なのに仕事をしている午前中に京都で考えたこと③

 和男は本堂の中を見学し、霊宝館を見学して、特に霊宝館の中に設置されていた国宝に見とれた(阿弥陀三尊坐像、釈迦如来立像内納入品、十六羅漢図)後、和男は再び数枚、本堂、多宝塔、鐘楼を写真に収め、それを一度パソコンに入力して確認して、いい写真があると思ったので、清涼寺を後にした。そして次の目的地である大覚寺へと急いだ。一応京都へ来るまでの計画ではその日一日で全て目的を写真を撮り終えたら、新幹線でその日の夕方には帰宅するつもりだったからである。
 以前一度同じ順番で訪れたことがあったので、和男は十分くらいの徒歩時間の後大覚寺の入り口が見える地点まで来ていた。
 仏教的世界にはある種の癒し効果もある。特に先ほど見た後輪の前ににょきにょき出ている多くの手には汚いものを掴むことを我々に代わって行ってくれるという仏の思し召しでもある。しかしそれを見て癒される我々の行為は大勢の反逆的立場にあった僧侶や、革新的思想家の犠牲の下に成り立っているわけだから、それは和男のような幸福な時代に生れてきたデザイナーにとって今日は今日の気分で何をするかを決定するようなタイプの生き方自体が他の人々から白い目で見られないということからも、その恵まれ過ぎた時代の一員としての感謝の念をそれらの像の前でよく念じるということがそもそも重要なことなのだ、とそう思った。
 生きるということは、殺生をした生き物を食べて排泄をして、悲しければおいおいと泣き、時には淫らで汚らわしいことを想像しながら精液を射精することに他ならない。
 しかし今目の前にある大覚寺はまた清涼寺とも少し違う趣である。そもそも嵯峨天皇が開祖であるこの寺は皇族縁の寺だからである。大覚寺統のご本尊である。持明院統と南北朝時代には対峙してその後交代に天皇を出すことで手打ちにしたことで有名な寺である。大沢の池が見られる場所まで行くのには、くねくねと色々なものを見て行かなければならない。
 和男は寺の中から様々な角度から写真に境内の情景を収めた。その日は意外とあまり観光客が少なかったので、撮影するのには絶好のコンディションだった。新幹線で早朝にここまで来られたのは幸いだったのかも知れない。これからこういう場所を巡るのには、本当に訪れたい場所へと午前中の比較的早い時間帯に来るのがいい、とそう和男は思った。
 勅使門、心経殿、霊明殿などをカメラに収めてから、和男は寺を後にしようとして、出口へ向かっていると、数段降りるところに車椅子に座った壮年男性が下へ一人で降りられずに苦慮している姿に遭遇した。その時周囲に殆ど観光客は不在だったので、それを確認してから、和男は素早く近寄って行って、彼が車椅子で降りるのを手伝ってあげた。ちょっと上へ持ち上げたら難なく軽い体重のその男性を階段の下まで運ぶことが出来た。
「どうも大変すみませんでした」
と、壮年男性はそう和男に謝意を表した。そして続けて
「私実は車で来ているんですけれど、今日これから何か御用がないのであれば、どうでしょう、うちまでお越し下さいよ、私が運転する車で」
と言った。和男はその日特に予定は無かった。最初から清涼寺と大覚寺だけを撮ることが目的で、後は自由時間だったからである。
 入り口の反対側にロープが張ってある出口を出ると、壮年男性は名刺を和男に出して
「萱場総一郎と申します。私昔サーカスの曲芸団の一員だったんですけれど、ある日空中ブランコの時に下に転落して下半身不随になってしまったんですよ。幸い車だけは運転くらいなら何とか出来るものでから、移動はいつも一人で車なんです。どうですか、うちにいらっしゃいませんか?」
と簡潔にそう自分のことを説明し更に和男を自宅に勧誘した。和男は
「いやあ、今日は特に何も後予定はございませんけれど、いいんですか?」
と聞くと、萱場総一郎は
「ええ、勿論ですとも」
と笑顔でそう言った。ただ車椅子を階段の下まで一回運んだだけのことなのに、余程その時この萱場氏は嬉しかったのだろう、そう和男は思った。
 二人は寺の境内を出て程ないところにある駐車場まで和男は歩いて、萱場氏は電動の車をゆっくりと走らせて、歓談しながらそこまで行った。

Thursday, October 8, 2009

休日なのに仕事をしている午前中に京都で考えたこと②

 和男は小学校の三年生から大学を卒業するまで横浜に住んだ。そして大人になって東京に一人で住むようになるまでその横浜の実家だけが帰るところだったが、小学校の五年か六年の時に修学旅行で京都に行き、更に大人になって二十代後半くらいにやはり仕事で京都へ行った。しかしその時にもまだ京都駅は今のように立派なステーションへと改築されてなかった。もっと閑散とした駅前だったように記憶している。まさにこれから駅前の再開発がスタートするというところで一回その当時の京都を東山や嵐山の方へと仕事で方々訪れたのである。当時彼は肉体労働をしていたのだ。つまり渡り労働者である。
 彼が出版社とかデザイン会社へと勤めるようになったのは、三十代前半の頃のことである。それから今しているようなタイプの仕事の技能を彼は身につけていったわけだ。
 それにしても茜からビートルズの話が出るなんて意外だった。しかもきちんと彼らにおける自分の好みも言えるくらいには知っているということが、和男にとって自分とは離れた世代であるのに、意外だったし、ビートルズが好きである彼には嬉しくもあった。
 だから退屈していた新幹線の車内で撮った写真を確認するために持ってきていたパソコンでユーチューブをネットで開いて「サムシング」のフィルムクリップとか、映画「レット・イット・ビー」を聴いて紛らわさせたのだが、その時改めて感じたこととは、彼らの音楽が熟成していくのは、個々の名曲ナンバーとは関係なく、やはりインド行きの直前くらいからであるということだった。そして解散して四人は個々の音楽を追求していくのだが、1974年くらいまでは四人ともビートルズの持っていた後期の音楽のテイストを携えていた。ジョンの「マインドゲームス」やポールの「バンド・オン・ザ・ラン」、ジョージの「ダークホース」、リンゴの「リンゴ」くらいまでである。しかしその後、彼らは個々の音楽の追求のために、あるいは時代の変遷のために次第に別の方向へと散って行く。それは致し方ないことである。つまりそれは男性と女性の出会いと別れにも言えることだからだ。
 和男も三人くらいの女性との親しい日々と別れる日、そしてその後を経験していた。その頃のことを追想しながら、嵐山の道筋を歩いた。そう思うと昔好きだったビートルズの後期の音楽が意外と京都嵐山には似合うと、そう和男は思った。しかし一年前にやはり仕事で訪れた東山は、その日少し霧雨の日だったことも手伝って、また違った音楽が似合っているとそうその時は感じたものだった。そうである、ああいう日の東山、哲学の道を歩いたりするのには、エリック・サティの「ジムノペディ」なんかがいい、とそう和男は道すがらそう思った。
 そんなことを考えながら歩いていると、清涼寺の境内の入り口の正門が見えてきた。そこには清涼寺と立派に掘った部分に白いペンキで塗られた文字が正面に見えてきた。そこは嵯峨釈迦堂とも呼ばれ浄土宗の寺であり、融通念仏の道場としても知られている。かつてそこは比叡山延暦寺と対抗しようという西の側からの東への意図もあったと言う。1467年から1477年の十年間の応仁の乱のいつかの時期において伽藍は消失してしまうものの、乱収束後である1481年、つまり四年後には再興された、と言う。
 境内に入ると、椅子が手前に置かれてあったので、そこに腰を下ろして、和男は肩に背負っていたバッグから一眼レフのデジカメを取り出し、境内を様々な角度から写真に収めた。

Wednesday, October 7, 2009

休日なのに仕事をしている午前中に京都で考えたこと①

 翌日和男は土曜日だったので、休日だったのだが、菊池真理とは当然その日は社のオフィスで会うことはなかったが、そのことが却ってこれからどういう風に彼女と接していけばいいか色々思念することが出来た。しかもその日は以前から頼まれていた仕事のために、休日を利用して風景写真を撮らなければいけない日だったので仕事をしなければいけなかった。納期に間に合うようにあるブログ制作会社から、テンプレート選択の一つに風景写真を入れたパターンを制作するために敢えて向こうさんの注文で京都内の名所の風景写真を指定してきたのだ。そこで交通費向こう持ちということで、早朝の新幹線に東京から乗って京都に到着した後、彼の考えの内にあった清涼寺をまず訪問するつもりで、そこから山陰本線(通称嵯峨野線)内にある駅である嵯峨嵐山から歩いて七分くらいで現地に到着した。その日はかなりしぶとい残暑の日だった。幾ら顔から吹き出るハンカチを拭っても次から次へと汗が止まらなかった。その自分の汗の匂いを嗅ぎながら、昨日の女性三人の身体から発散される芳香を思い出していた。そして一瞬だが、自分が未だ若い頃に女性を抱きたいと思いながら学生時代卒業前に、ストリップ劇場の女性で童貞を失う頃まで下宿をしていたアパートでマスターベーションをしていた時に射精した時の自分の勢いのいい若い精子のことも思い出した。
 女性とは年齢とか個々の男性体験に従って発散する女性ホルモンの関係からか、それぞれ固有の体臭というものがある。それは近くで語り合うと自然と覚知し得る。
 特にこれから大勢の男性に接触していくことになる準備段階の年頃の女性と、かなり大勢の男性の精子を吸収してきた体験の持ち主とでは本質的に傍で彼の鼻腔を刺激してくる匂いが異なる。それぞれによさがあるが、幸恵とはクラブを出てから別れるまでに話した芝沢の話によると、現在は独身だが、以前はある実業家と三年間くらい結婚していたそうだし、その意味ではそれなりの体臭だったように思い出された。しかしよくその素性が知れないのはやはり茜だった。茜はどちらかと言うと、性体験そのものは豊富ではないかと思われる態度だったが、人数は恐らく幸恵ほどではないのではないか、とそんなに大勢の女性を相手にしてきたわけではない和男ではあったが、想像することだけは出来たと少なくとも彼はそう思った。
 つまり独身になった後経済力がある程度ある幸恵はかなり大勢の男性と単発的に交際してきた感じだったが、茜に関しては年齢は彼女より恐らくかなり上であろうが、そういうパトロンの男性にねちっこく愛されてきた、そんな感じを彼女の隣で語り合っている時にその芳香が彼の鼻腔を刺激した時のことを思い出し想像した。
 ところで服を着た姿を眺めながらその女性の裸を想像して、特にセックスをしている時の姿態(痴態と言ってもいいが)を想像すること、しかも未だ見ていない女性のワギナを想像することというのは実に楽しい。それだけでここのところ忙しかったので、たった二日前に久し振りにオナニーをして以来、抜いていなかっただけなのに、働き盛りのいい男性である和男にとっていい女性を目の前にしてお預けを食らっていたために清涼寺に到着するまでの間、代わる代わる昨日の三人の女性の痴態を思い描き想像していると、つい歩き難いくらいに勃起してくるのだった。残暑の休日に名刹に赴く先の道すがら勃起するということも、その休日での仕事を終えた後に必ず獲得する愉悦の日々を想像すると、そんなに悪き気持ちもしない和男だった。男とは精子をいざという時のために濃く射精するためにあたら下らない射精をすることなく貯めておくことが必要なのだ。だからこそ残暑の煽りを食らった徒歩の道すがら、後日獲得する愉悦を想像しながら勃起状態のままそれ以上何もせずにやり過ごすこと自体も、まるで雲水中の修行僧のような気分になって、精神的には充足感を得ることが出来た。そうだ、ここは京都なのだ、と清涼寺に到着した時和男はそう思った。

Monday, October 5, 2009

親しくなるきっかけ

 和男が茜と話し込んでいる間、芝沢は幸恵としきりに二人と幸恵の隣に座る杏子も混ぜてゴルフの話しをしていた。やれ石川遼がどうだとか、宮里藍や美香、あるいは 諸見里しのぶ とか不動裕理だとか上田桃子とか 横峯さくら がどうだとか話していた。
 茜に対してその時和男は、親密さを感じ取っていた。大体において誰かと親しくなるということは、別のある人に対して親しくなりたかったのに、それが叶わずにいる時にそういった心の隙間が空いている二人がその隙間を埋めようとして接近することが多い。
 その時の和男にとってもそういう気持ちもあった。何故なら一番気にかかっていた菊池真理は自分が結婚しているかどうかも定かにしない。またそれでいいのが仕事仲間である。つまりそれ以上の関係にはなかなか行けないからこそ、神秘的に理想化しやすい相手として真理を位置づけることもその時の和男には出来た。だが今目の前にいる茜はそういう風に理想化していく必要を感じさせないくらいに親密になれる気がした。
 和男は茜の質問に対して
「意外と若い女性には私は理想を抱かないで、寧ろ安心出来る相手を選びたいという気持ちもありますね。尤も私もそう若くないから、そういう意味では若い頃は年上の女性に理想を求めたけれど、今では年下でも三十歳以上はもう姉御的に見ますね。女性の方が常にずっと精神年齢は高いからね」
と真摯に返答した。すると茜は
「まあ、社長さんもお若いままでいらっしゃいますのね」
と言った。
「そりゃそうさ、私だっていつまで経っても男の子っていうことなんだよ」
と言った。茜がそう言うと、しかしあまり腹も立たない感じがしたのは不思議だった。和男くらいの年齢の男性で独身だと知ると、同じマンションなんかでは独身の女性は警戒をして一緒にエレベーターには乗ろうとしない。そういう時意外と和男は傷つくのだった。
 しかしその日はあまり遅くならない内に帰宅したかったので、それとなく芝沢にそう耳打ちすると、芝沢は帰る旨を幸恵に耳打ちし、勘定をしようと立ち上がった。和男もそれに続いた。その際和男は
「また、いずれ今度は一人で来るよ」
と茜にだけ自分の携帯の番号をナプキンの裏にポケットに入れていたボールペンで素早く書いて渡すと、彼女は快くそれを受け取って、ドレスのポケットに仕舞い込んだ。
 しかしクラブの外に芝沢と出ると不思議と茜のことよりもやはり菊池真理のことが思い出された。毎日一緒に仕事をしている相手とはそれ以上もう親しくはなれないのだろうか?あるいはなるべきではないのだろうか?
 でももう一度今度は一人で茜を目当てに会いに来ようとだけはそう思った。幸恵も杏子も肉体だけはそそるものを持っている。意外と和男は若い女性の方に精神的には安らぎを感じるタイプなのである。
 そう考えながら、和男はそのクラブのある町の最寄りの駅から一駅乗って先ほどの店のある町まで戻ることにした。そして
「また何かあったら連絡してくれよ」
と言う芝沢に携帯の番号だけを教えてそのまま別れた。
「今日はご馳走さんだったね」
とだけ言って和男は改札を通り抜けた。それを見送って見えなくなると、芝沢もタクシー乗り場へ行った。

Sunday, October 4, 2009

ひょんなことから誘われて行ったクラブで(4)

 和男は茜の作ったジンを一口飲み込みながら、意外とこの女性は即座に和男の観念的質問に返答したりする辺り、そう見縊ってもいけないとそう思った。
 何故そう思ったかと言うと、案外彼女と語っているとリラックスした気分でいられる自分を発見したからである。しかしそうやってあまり最初から相手に気を許し過ぎることがあまりこれからそれなりに親しくしていこうと思っている相手に対しては特に女性の場合気をつけなければいけないとそう和男は思っているからである。だから敢えて彼女にその時の態度で惹かれていく自分を抑制して茜が意外と色々なことを知っているなかなかそう見縊ってはいけない強かな女性であるかも知れないと念頭に入れておくことは無意味ではない、とそうも思ったのだ。しかし同時にそう思えるのは、つい最近菊池真理という異性に対していつになく関心を注ぎ、恋心を抱いてしまっている自分が、その新たな展開に対するある種の中年固有の保守的な怯えが、相手がその当の菊池真理ではない相手であることを承知で、安心したいという気分に自分がいるのかも知れない、とそう和男は思った。
 つまりだからこそただ単に茜に対して、和男は幼少の頃から異性に対するときめき的な精神的悩みを同性よりも異性の気のおけない相手に告白するようなタイプの男子だったので、そのことも手伝って相手がずっと自分よりも年少な相手なのにもかかわらず、相手を相談相手として姉御的存在として認識することによって菊池真理への恋に纏わる不安を除去しようとしているだけなのかも知れないと、そう思った時ずっと年少である茜に対して必要以上に買被っているということもあり得るとそうも思ったのだった。
 しかしそういうことは幾ら相手が自分よりもずっと年少であってもそう一瞥で判断出来ることではない。とてもじゃないが、そんな自信は和男にもなかった。実際に本質的に相手がかなりすれた女性であるかとか無垢な部分を残しているかということ自体も常に一個の人格において矛盾なく共存し得るものである。つまりそれくらいに人間とは複雑であるということだ。しかしだからこそ逆にそのどちらなのか、それとも両方であり得るのか、それともどちらでもあり得ないかということを確かめるだけは、別に構うまいという気持ちに不思議と和男は茜に対してならなれそうだと、そう思ったのである。
 これが対面している相手である幸恵ならそうは行かない。杏子もそういう気持ちになれる相手ではない。尤も先ほど想像したように幸恵と杏子となら、3Pをしてもいいかも知れない、つまりそういうことなら案外この二人はいける、そう和男は直観していた。
 しかしそういったことと、かなり年少者である茜に対して抱ける気持ちとは違っていて、しかし同じこの中年の和男の身体と精神に共存し得るのである。またそのことを自覚出来るということが、まだまだ俺は行けるとそう思えて嬉しくもあるのだった。
 そんなことを考えていると茜が
「河合社長さんは、女性に対してではどんな感じの印象をお持ちでいらっしゃられるんですか?」
といきなり聞いていた。それに対して和男は
「それはあなたくらいの若い女性に対しての気持ちですか、それとも中年女性に対してのことですか?」
と聞いたら、茜はそれに対して
「両方お伺い致したいものですわ」
とそう言った。

Saturday, October 3, 2009

ひょんなことから誘われて行ったクラブで(3)

 和男は茜のちょっと上目使いの視線と、その視線の行く先が自分の顔だけではないような気がした。時には自分の肩とか自分の胸、ある時には自分の下半身ではないかと想像した。そういう風に一度想像しだすと、今度は彼女の全身に対して関心が注がれだす。そして女性は昔父親が自分が大人になってからそれとなく教えて貰った女性生殖器の名器と鈍器の違いが女性の耳の形から分かるという知識を応用して茜の膣の形状を想像した。そしてそれとなく彼女の耳を視線で探りを入れてみると、確かに一箇所凄く窄まっていてまるで男性のペニスを吸引する蛸壺のような名器のように思えた。つまり締りのいいワギナであるに違いないと思えたのである。そうやって一瞬でも想像してしまうとたちまち和男のペニスは菊池真理を想像しながらマスターベーションをした時に、インターネットのアダルト配信映像で確認出来た本当の男女が性行為をしている最中の映像から確かに観察出来たバルトリン腺液が滴るワギナの締まったり緩んだりするその様子を思い出し、つんつんとペニスの先端からカウパー氏腺液を滴らせながら亀頭が一気の膨張していくのを股間に感じていた。
 しかし若い頃ならその勃起という状態そのものへ羞恥を感じ何とか隠そうと試みたものだが、五十近くになってくると一切そういった羞恥よりも自分の回春作用自体に対して冷静かつ沈着に感じて、既にそういった勃起した状態を若いこういう場所の女性に悟られることは寧ろいい誘いの口実になるとさえ思ってしまいもするのであった。
 しかしそんな一瞬の淫らな想像をしながら少し自分でも濡れた様相の瞳を茜に捧げていたことを一瞬で見抜かれたか、幸恵が
「あら、河合社長さんは大分茜ちゃんをお気に入りになられたみたいですね」
と言った。和男はすかさず
「そんなことないですよ、どうせお手合わせ頂けるのであれば幸恵ママさんがいいなと思っていたんです」
と和男は茜に色々立ち入ったこと、例えば若い女性から見た中年男性の男っぷりとかを聞きたいと願っていた矢先にそういう風に聞かれたので、咄嗟に同伴者である芝沢自身にあまり無粋な遊び方知らずに思わせてしまうのもまずいと流暢にそう一気にママさんである幸恵に思い浮かんだセリフを口に出していた(勿論芝沢みたいな男性のお供ということであるならママさんにも無粋ではないことを見せておくべきである)。するとそれに対してすかさず今度は幸恵は
「あら、社長さんもお上手だこと。私みたいなおばさんを」
と謙遜して幸恵はそう言った。それに対して芝沢は
「河合君は、結構真面目な方だと学生の頃はそう思っていたけれど、本当は意外とそういうタイプの男性の方がいざとなると隅に置けないもんだよね、ねえ幸恵さん」
と和男をちゃかすように芝沢がそう言った。
「やめてくれよ、芝沢君」
と技と照れるような風情で和男はそう言いながら今度は幸恵を想像の中で裸にしてセックスをしているところを想像した。すると何気なく杏子に指図などをしていた時にふと見せる横顔と項と耳元から彼女の方も決して悪い生殖器ではないかも知れないと思えた。そう思いながら和男は三人で一度試してみたいなとも思った。 
 そして先ほど聞いてみたいと思っていたことを隣で再びジンの水割りを氷を入れて作って和男に再び出そうとしている茜に思い切って「ところで茜さんは中年男性、例えば僕くらいの年齢の男性の真の魅力って何だと思う?」と聞いた。すると茜は「あら、社長さんみたいな男っぷりにいい方でもそういうことって気になるものなんですか?」と少し悪戯っぽい笑顔を見せてそう言った。和男は「そうだよ」と頷いた。これである。これが中年男性にとってはたまらない部分があるのである。少し置いてから茜は「そうですね、あまり女性に常に肩入れし過ぎないということ、それでいて適度に女性に構ってくれて、でもそれがさり気無くて巧い、でもその巧さを鼻にも引っ掛けないっていうことかしらねえ。ただ単に私の主観ですけれどね」そう真摯な瞳で茜はそう言った。その言葉は実に適切だと和男は思った。その瞬間和男は茜の肉体全体を何か愛しいものでも見つめるように眺めた。そしてこういう女性ともし相手がかなり慣れている女性なのであるなら、一度お手合わせを願い、それから菊池真理のような女を抱くということが一番いい道筋ではないか、とさえ思えた。 
 しかしそれはあくまで一瞬でその思惟内容を茜に悟られるほど初心な態度しか取れないほど既に和男は若くはなかった。

Tuesday, September 29, 2009

ひょんなことから誘われて行ったクラブで(2)

 和男は茜という名を聞いて、改めて彼女の着ていたドレスを見たら、真っ赤な色だったので、自分の好きな色が赤であることを思うと、それだけで好感を抱かずにはおれなかったが、それだけでなく、彼女が小さなワッペンのようなものを肩の近くに貼っていたが、それをよく見ると、ビートルズの四人の顔があしらってあったので、興味を抱き
「茜さんの肩に張ってある奴、ビートルズのワッペンみたいだけれど、あなたの世代でビートルズって言ってもあまりぴんと来ないんじゃないかって思うけれど、好きなの?」 
と聞いたら、芝沢が代わりに
「茜ちゃんは大のビートルズファンなんだよ」
と言った。和男が
「そうなの?」
と聞くと
「そうなんです。私がファンだってことを知っていて、あるお客さんがロンドンのCDショップでこれをビートルズのCDを今度出たデジタルリマスターズを買った時に、偶然その店でワッペンをサーヴィスでビートルズを買ったお客さんにだけ配っていたらしいんです」
と答えた。
「茜ちゃんは、ビートルズのいつ頃が一番好きなの?」
と和男はグラスのジンを啜りながら更に興味を抱いたように聞いてきた。
「私は<フォーセール>や<ヘルプ>や<ラバーソウル>くらいが一番好きですね」
と答えた。要するに1964年から65年くらいの時期である。この時期に彼らは「アイル・フォロー・ザ・サン」「イエスタデー」「涙の乗車券」や「ガール」「ミッシェル」「イン・マイ・ライフ」といった普及の名作を世の送り出していた。
「そうなの。茜さんらしいね」
と和男は何が茜らしいのかよく分からないが、そういう感じがよく似合っていると思ってそう言った。
「河合社長さんはどの時期がお好きなんですか?」
と茜が珍しく聞いてきたので、和男は
「そうだね。<マジカル・ミステリー・ツアー>あたりから<ホワイト・アルバム>からそれ以降は殆ど全部好きだね。尤もそれ以外の時期も全部好きだけれどね。特にね」
「まあ、渋めなのがお好きなのね」
とくすっと笑いながら茜はそう応えた。
 それを聞いて芝沢が前の店で和男がグラフィックな画像処理の仕事をしているということを芝沢に告げていたので
「河合さんは凄い芸術家先生なんだよ」
と言った。それを聞いて和男は
「止めてくれよ、芸術家なんて」
と言った。それにしてもこの茜という女性はよく顔を見ると、なかなかコケティッシュな表情をしている。ちょっと上目使いの目つきが特にたまらない。それに少し三十路を過ぎているくらいに見えるが、もっと若いかも知れないし、もう少しいっているかも知れない。そういうミステリアスなところがまたいい。
 しかし彼女の顔を眺めながらふと和男は菊池真理のことを思い出していた。あの時結婚しているかという質問に「ご想像にお任せしますわ」と言ったその真意は一体何だったのだろうか?和男はそう思った。そこで和男はいい機会だから若い女性から見て超中年である自分のような男性のことをどう思うかそれとなく聞いてみようと思った。つまり魅力ある男性ということに対する像は、同性である男性からよりも、異性である女性から見た像の方が説得力がある場合が多いと思ったからである。こういう時にさり気なく男性が本音から知りたいと思う女性の心理を聴くということは、なかなかタイミングが難しいのである。しかし今ここだという風に和男は踏んだのだった。つまり茜のその時の表情がもっと何でも聞いてきてというそういう風に訴えているように少なくとも和男にはそう思えたのである。

Sunday, September 27, 2009

ひょんなことから誘われて行ったクラブで(1)

 和男は芝沢が停めたタクシーの運転手に助手席の扉を開けるように目と手で促し、助手席に芝沢が乗り込んだのを見届けてから、開いた後ろのドアから後部座席に乗り込んだ。
 芝沢は運転手に自分の言われた通りに道路を走ってくれと言い、彼が和男を連れて行く積もりのクラブのある方向で運転手に車を出させた。そのタクシーの会社から察して、彼が和男を連れて行こうとしている場所を運ちゃんが知らないだろうと踏んでのことだったようだ。
 事実、その店の名前を試しに告げた時運ちゃんは知らない様子だった。
 タクシーは十五分くらい走ってある交差点の脇の路肩に寄せて、芝沢の指示通りに停められた。最初先に入った店のある町から少し田舎の田畑の多い区域を通過して、隣の市に入って、五分くらい走った繁華街の真ん中くらいにその交差点はあった。二人はそのタクシーから降りて、ドア越しに芝沢が一万円札を一枚運ちゃんに渡すと、彼は「釣りは要らないから」と言って、「有難う御座います」と彼に告げた運ちゃんを後に和男を連れて歩いて行った。
 二人は交差点から南の方に向かって進む道路を少し歩いて、すぐ最初にぶつかる細い路地に右折した。そこで地味な色彩の看板が立てかけてある、路地に入って二三棟くらいお奥のある雑居ビルを裏口から入ると、中にすぐあったエレベーターで芝沢の誘導によって乗った。エレベーターは路地に置かれてあった立て看板と同じ店名の階で降りた。六階だった。
 エレベーターを降りると、すぐに店内だった。扉はなく、エレベーターを降りたところに店内が剥き出しになっていた。
 やや奥の席についていたクラブのママらしき中年女性が
 「あら、社長さん」
と言って、芝沢を店内の席に誘導した。
 「今日はお連れさんがいらっしゃるんですね」
と言って、和男を紹介して貰えるように芝沢を促した。それに応えて芝沢は
 「ご自分で事業をされていらっしゃる河合さんです。僕の大学時代の学友なんです」
と和男の方に向き直り、ママにそう言った。和男は握手を求めてきたママと握手をして
 「急に芝沢さんにお誘い頂きましたもので」
と一言添えた。クラブのママを紹介しようと、芝沢が
 「この店のオーナーの幸恵さんです」
と和男にそう言った。握手をし終えてから、幸恵は
 「今後もどうぞご贔屓に」
と言った。芝沢が
 「いつもの奴を」
と言うと、幸恵の隣に控えていた少し幸恵より若い感じのホステスに幸恵は
「きょうこちゃん、いつもの運んできて差し上げて」
と指示した。幸恵は年の頃三十八歳くらいで、それよりその「きょうこ」と呼ばれる女性は四五歳くらい若かった。幸恵に誘導されて席についた和男に幸恵は
 「今日は新人の茜ちゃんを先生のお隣に座らせて頂きます」
と言った。茜と呼ばれる女性は、更に三四歳くらい若く、菊池真理より二三歳くらい年長のように見えたが、女性というものも実年齢よりも老けて見える若い女性もいるし、逆に実年齢よりも若く見える人もいるので、一瞥だけで判断出来るものではないが、今日は芝沢の奢りなので、そういうことをいきなり質問することは憚られるので、話の成り行きに任せようと和男は思った。そう考えていると芝沢は「きょうこ」に指示したまま芝沢の隣に座って、「きょうこ」が運んできたジンのボトルからジンをグラスに注ぎ、氷を入れたデッキャンタから氷を二つ三つそこに入れて、掻き回した。手馴れた手付きで、既に芝沢の好みの飲み方を熟知しているようだった。そしてそれをし終える前にそうしながら「きょうこ」を茜とは反対の、端に座らせ
「先生はどうなさいますか」
と飲み方を聞いた。和男が
「芝沢さんと同じで結構です」
と返答すると、「きょうこ」が幸恵が芝沢にしたのと同じように和男のグラスを作った。和男が「きょうこ」の方に向かって
「きょうこ ってどういう字ですか?」
と聞くと彼女は
「杏という字です」
と答えた。そして今度は奥の隣に座る茜に和男は
「茜って、草冠に西でしょう?」
と聞くと、茜は
「そうです。先生よく分かりましたね」
と言った。和男は
「だって、茜って、固有名詞だったら、その書き方が一番標準的だからね」
と言った。

Thursday, September 24, 2009

偶然入った店で⑤

 それにしてもいきなり気まぐれに入った店で昔の知り合い、しかも学生時代の同級生に遭うという確立はどれくらいあるものだろうか?それだけでも奇遇と言っていいのではないかと和男は考えた。もう少しこういう時のために数学を勉強しておけばよかったと思った。そんなことを考えていると芝沢が
 「ところで俺が住んでいるところは割りと駅に近いんだけれどさ、その駅の改札口へ向かうエレベーターがおかくしくってさ、何たって、駅はたった二階なのに「二十一階です」って女性の声が言うんだぜ」
 といきなり話題を変えてそう言った。
 そう言われれば確かにそういうことっていうのは世の中にはしばしばある。本当は二階と言わねばならないところを誰かが間違えてアナウンスの台詞を指定してしまってそのままになっているのだろうか、と和男は思った。
 和男は若い頃街角で女性に誘われて一緒に木賃宿に泊まってセックスをしたことがあるが、その時彼女は別れたばかりの男性の名前をしきりにセックスの最中に叫んでいた。これが素人を最初に抱いた和男の初体験だったのだ。自分は別れた男性の肉体が今はもう拝むことの出来ないために誂えられた仮の代用品だという気持ちがした。それはエレベーターの本当は二階であるのに「二十一階です」とアナウンスする女性の声をそのままにしておく駅長の神経とよく似ている。
 「そうだ、河合、一度俺んちに遊びに来いよ」
 と生ビールを最後まで飲み干してそう言った。
 「別にいいけど、君には細君がいるんだろう?」
 と和男が聞くと、芝沢は
 「いやあ、彼女のことは気にしなくていいんだよ、彼女は趣味の集いとかで、あと主婦同士とかで色々と忙しいんだからさ」
 と応えた。和男は渋々
 「そうかい?」
 と再び返した。

 結局もう一杯ずつ生ビールを飲んで二人は店を出た。しかし和男はもう一軒行きたいと思っていなかったが、芝沢が
 「どうだ、俺の奢りでもう一軒、今度はもうちっとましな店へ行かないか?」
 と和男に聞いてきた。和男はあまり人の奢りで飲むのが好きではなかったが、余り熱心にそう芝沢が誘ってくるので
 「君のよく知っている店なのかい?」
と聞いたら、芝沢は
 「そうさ、昔よく仕事で利用させて貰った店なんだけれどね、ここら辺じゃ唯一のクラブなんだよ」
 と言った。
 「俺あんまりそういう店に昔から行ったことないんだけれど、要するにあれ、ホステスとかが接待する店なんだろう?」
 と聞くと、芝沢は
 「そうさ」
 と言った。和男は
 「高いんじゃないか?」
 と芝沢に聞いたが、向こうは羽振りがいいのかも知れない、あまり自分の趣味とか自分の懐事情に合わせて他人に聞くのもどうかとも一瞬思った。すると芝沢は
 「大丈夫、俺が持つからさ、そこに店にいい子が一人いるんだよ」
と和男に笑みを浮かべてそう言った。
 「幾つくらいの?」
と和男が尋ねると、芝沢は
 「二十七歳って言っていたけれどな」
と答えた。その時一瞬和男はここのところずっと気にかかってきていた菊池真理の顔が脳裏に浮かんだ。しかしそれはそれ、これはこれでいいのだろうと思い直し、向こうがあまり一緒に和男と行きたがったので
 「そうまで言うならつきあってあげてもいいけれど、でも俺そういう場所に行きなれていないから、あまり気の利いたことを女の子の前では言えないけれど、それでもいいのかい?」
と言ったら、笑い転げながら、芝沢は
 「バカだな、そういうところの女の子っていうのは、あまりそういう場所に行き慣れていて、遊びなれていない客に惹かれるもんなんだよ、特に二十代後半くらいの女の子はね」
と言った。その芝沢の言い方には妙に説得力があったが、そういうものなのだろうか、と一瞬納得しようかを思っていると、店から出て百メートルくらい歩いてきた時いきなり隣で話していた芝沢がそこを通る空のタクシーに手を挙げて停めさせた。

Monday, September 21, 2009

偶然入った店で④

 和男は一瞬振り返って入ってきた客の顔を見たが、普通の背広を着て、しかしネクタイはしていずに、マスターに向かって「よお」と一言かけ、その声に呼応してマスターが「毎度」と言ったのだけが印象的だった。その客の男性は、和男の二つ隣のカウンター席に座った。その二つ向こうに二人男性が談話しながら酒を飲んでいた。
 その男性は
 「じゃあ、僕も生ビールにしようかな」
 と和男が飲んでいた生ビールをちらりと覗きそう言った。それに即座に
 「はい、かしこまりました」
 とだけ応えて、マスターはジョッキにビールを注いで、その男性の前まで持ってきて、再び調理場へと戻った。
 和男は暫くその男性の横顔を見つめた。どこかで見たことがあるような顔つきだと一瞬そう思えたからだが、即座には思い出せなかった。そしてただの気のせいかと思い直し、再び生ビールのジョッキに口をつけていると、彼が
 「ああ、思い出した。河井君、河合君じゃないか?」
 といきなり和男に声を横からかけてきた。その時和男は一瞬何のことかと思ったが、その男性の方に向き直ってその顔を見てみた時大学生時代に同じクラスにいたある男性のことを思い出した。
 「芝沢君じゃないか?」
 と和男はその男性の名前をその瞬間条件反射的に思い出し、そう言った。するとその男性は
 「そうさ、ああ懐かしいな、何年ぶりだろう?」
 と言った。そうなのである。その男性は河井和男と同学年で、同じクラスの名簿にあった男性で、確か彼の記憶によれば、テニス部に在籍していた芝沢勝彦だった。
 「俺のこと覚えていてくれたのか」
と芝沢が言ったので、すっかり彼の方を向いて、和男は
 「そりゃ、覚えているさ。君は結構同学年の女子からもてたからな」
と言った。
 「そうだったかな、あんまり昔のことなんで忘れちまったことも多いけれどね」
と言った。確かに芝沢は結構女子からもてたという記憶が彼にはあった。
 「そういう河井君こそ今何をしていんだい?」
と芝沢が質問してきたので、和男は
 「まあ、ちょっとブログに関してデザインとかしているんだけれどね」
と返答してからすかさず
 「そういう君こそ今は何をしているんだい?」
と聞いた。すると芝沢は
 「いやあ、僕も自宅でパソコンを使って色々なことをしているんだけれどね。いやあ、でも奇遇だなあ」
と言った。
 和男の記憶では芝沢は確か九州の出だった筈だ。しかし今はきっと東京近辺に住んで仕事をしているのだろうとそう思った。そこで和男は
 「今はどこに住んでいるの?」
と質問すると彼は
 「隣の駅のすぐ近くさ。君は?」
と言ったので、和男は
 「僕もここから少し南の方だけれどね」
と返答した。
 それにしても住んでいるところさえ結構近くじゃないか、そういうことっていうのもあるんだな、とそう思った。
 昔から和男はあまり大勢の中で一緒に加わって色々と楽しむことがあまり好きではなかった。しかしこの芝沢は彼とは正反対で、寧ろ一人でいることよりも、いつも誰かと共に行動するのが好きなタイプだった。それだけはよく覚えている。和男は名刺を持たないので
 「僕は名刺を作っていないので」
と言ったら芝沢は
 「俺だって名刺なんて使わないさ」
と応えた。
 「ところで河井君は結婚はしているの?」
と芝沢が聞いてきたので和男は
 「いや、俺は昔付き合った女性がいたんだけれど、結局結婚までは行かなかったな、だから今でも独身さ。君の方はしたの?」
と聞いた。すると向こうは
 「うん結婚しているよ」
と言った。それに対して和男は
 「そうだろうね、僕みたいなのってあまりもういないかも知れないね」
と言った。すると芝沢は
 「そんなことないと思うよ、俺の知る限り君みたいに今でも独身の奴も結構いるぜ」
と言った。
 それにしても和男はその時久し振りに同級生と会うなんて、そういうことがそれまで全くなかったので、ただ懐かしいという気持ちがしていた。確かに社会に出ると、同世代とか同郷出身であるとかの繋がりは意識的に確保しておかなければなかなか維持出来るものではない。しかしこうやって偶然会うと、やはりそれはそれで日頃あまりそういう関係が希薄になっているだけに懐かしさも蘇ってくる。そうである。懐かしいという感情とは昔がその時蘇ってくるということなのだ、とそう和男は思った。
 「そうだ、俺の住所と電話番号を一応書いておくよ」
と言って芝沢は自分の背広の内ポケットからメモ帳を取り出し、その一ページ分をちぎって、そこに今住む住所と、携帯の番号を書き記し、それを和男に手渡した。
 それを見て和男は彼はマンション住まいではないということだけは分かった。

Friday, September 18, 2009

偶然入った店で③

 三つくらい席を空けて向こうに座る会社員らしき二人の男性はつい最近変わった政権について語り合っていた。二人とも三十代後半か四十代前半といったところだった。
 「今度の政権はどうなんだろうね?」
 と一人の会社員がそう言うと、
 「まあ、暫くは様子を見てみないと分からないけれど、前政権がどうしようもなかったから、何となくいいことをしてくれるっていう期待だけはさせてくれるけれどね」
 と言った。ここ数年もう毎年のように政権が変わり、首相の顔も変わっている。あまり一人の実力者が立て続けに政権を維持することもよくないが、こうも頻繁に代わるというのもあまり芳しいことではない、と誰もが思っていただろうから、その二人の会話はそういう庶民の感情を代表しているようにも聞き取れた。
 和男はその二人の会話内容を横耳で聞きながらそう思った。しかしそれにしてもまあ自分は時代の波に全く置いてけぼりにされたわけでもないし、だからと言って常に最前線を走っているわけでもない、しかしそのどちらでもないということが大半の人々の人生なのだろう、と和男は思った。横で話をしている二人には家庭はあるのだろうか、最近は男女とも結構いい年齢になるまで独身の人も多いし、かつてのように「身を固める」という意識が責務的なものではなくなってきている。それは端的に女性が社会において職場で男性と対等に働くようになったからである、とそう和男は思っている。そのこと自体はいいことだが、そのためにかつて日本女性が持っていた色々な家庭を守る裁量、あるいは様々な技術、裁縫とか料理とかそういう嗜みは大分今の女性には失われてしまっているとも思える。だからこれからは昔は女性が一手に引き受けてきていたことを男性も分担していくそういう時代なのである。そうも思った。
 ではアメリカとかイギリス、あるいはフランスといった国々では男性と女性の関係は昔からやはり変わったのだろうか、そういうことっていうのは、意外とあまり映画などを鑑賞しているだけでは情報として入ってこないものだな、と和男は思った。結局グローバリズムなどと言っても、所詮本当にそれらの国々が抱えている諸事情とか伝統的な意識、文化的な制約といったことは、対外的にはポーズ的に振舞うものなので、内実というものは伝わってこないものだな、と和男は思った。つまり端的にそれらの国々ことを本当に熟知し得るのには、まずそこで何年か住んでみなくてはならないのである。
 そのことは一個人である男性とか女性にも当て嵌まるのではないか。つまり本当に相互に知り合うためにはやはり一緒に暮らしてみなければ分からない。しかし一旦そうやって一緒に暮らすということはなかなか結婚以外ではあり得ないことの方が多い。するとやはり人生とは最初から何もかも理解出来るということ、誰をも理解しようと思うこと自体を諦めることからしか道は開けず、見えてもこないということを意味しているように、その時和男には思われた。
 和男はその時出された「するめミックス」がなかなか美味しかったので、またその店に来ようかな、とそう思って
 「美味しかったですよ、するめミックス」
 と言ったらマスターは
 「どうも有難う御座います」
 と言ってちょっとだけ頭を下げた。和男は先ほど出された生ビールを一杯空けてもう一杯同じものを頼んだ。そして二杯目を飲み始めたところで、がらりと扉を開ける音が聞こえ、中に和夫とさして変わりないくらいの年齢の中年男性が入ってきた。するとマスターが
 「へい、いらっしゃい」
 と常連が入ってきた時のような笑顔をその男性に注いだ。

Thursday, September 17, 2009

偶然入った店で②

 「お飲み物は何になさいますか?」
 とマスターが言ったので
 「そうだな、未だそんなに寒くもないから、生ビールにしようかな」
 と和男が言うと、彼は生ビールをレヴァーを引いて注いで、和男の前に差し出した。それを和男はまず一口だけ飲んだ。マスターはそれを横目で見ながら今度は予め解凍したまま入れておいたイカを、肢を一本一本と、胴体を横切りにして、それを天火で炙った。そしてそれをレタスと貝割れ大根と鰹節と和えてその上にマヨネーズを少し多めに醤油とドレッシングを少な目にかけてから、レモンを添え。そしてそれをカウンターに座る和男に 「はい、お待ちどう」と言って出した。
 和男はレモンを絞って上にかけてから、それを箸で一口入れて噛むとじわっとドレッシングとレモンの酸味が舌全体に広がった。そしてマヨネーズの味が全体を引き締めていた。
 「うん、これはいけるね」
 と和男は言った。
 「有難う御座います」
 とマスターは応えた。
 和男は再びビールをぐいっとまた一口飲み、するめミックスをもう一口放り込むと、改めて店内を見回した。結構薄汚れた壁だったが、そんなに昔からやっているという感じにも見えなかったので、マスターに
 「ここ始めてからどれくらいになるの?」
 と聞くと、彼は
 「丁度三年くらいですかね」
 と答えた。
 「ずっとこういう仕事をなさってきたんですか?」
 と和男が質問すると、マスターは
 「そうですね。ここに来る前はもうちょっと大きいチェーン店の居酒屋で働いていましたけれど」
 と言った。
 何の世界でもそれなりに下積みとか修行とか大変である。それもこれもやはり男が働くということは、女と幸せになるためなのか、それともいい仕事をするために女性と家庭を持ち、そこを癒しの場とするのだろうか?そんなことを一瞬和男は考えた。確かに自分は若い頃はいろいろあったけれど、結果的にはずっと独身のまま今日まで来てしまった。それはそれで別に構わないことなのかも知れないが、この男はそこら辺はどうなのだろう、と思って
 「マスターは結婚はされているの?」
 と親しみやすそうな感じだったので、聞いてみると
 「いや、今は一人ですよ」
 と言ったので、一瞬和男は
 「ということは?」
 と返すと、マスターは
 「三年前に別れました。つまりここで一人でやるようになり少し前にね」
 と言った。一瞬これは悪いことを聞いてしまったと思いもしたが、まあ相手は男性だからと思って
 「そりゃ、悪いことを聞きましたね」
 と即座に誤った。するとマスターは
 「いえいえ、まあ一人っていうのもそれなりに気楽だっていうことが、寧ろ別れてからよく分かりましたけれどね」
 と愛嬌のある笑顔でそう答えた。だが向こうからは和男にそういうことは一切聞いてこなかったので、和男からは一切そういうことは告白しなかった。
 和男の他にも既に二人連れの会社員らしき男性が少し離れたカウンターで飲んでいたが、それ以外には客はいなかった。
 「これからなの?客が多くなるのか?」
と和男が聞くと、マスターは
 「そうですね、内は六時半に開店ですから、八時くらいが一番多いですね」
と言った。
 「ここら辺の人は隣の市から会社に通っている人が殆どなので、意外と夕方よりも少し遅くなってからの方がお客さんは多いんですよ」
と説明を付け加えた。

Wednesday, September 16, 2009

偶然入った店で①

 翌日和男はいつものように八時半に仕事場のマンションに出向いた。出勤時間はずっと変わりない。菊池真理は必ず九時ジャストに出勤する。それも一度も変わりなかった。そしてまず昨日から今日までの間に届いたメールチェックをして、仕事関係のメールを報告し合うことから始まる。
 途中バスの中で和男は昨日きちんと真理が帰宅しただろうかと思った。そんなことを心配したってもう相手は大人なんだから仕方ないけれど、いい女は男性から注視される機会が多いだろう。だから昨日は酒は一滴も混入していなかったが、店に出た時既に八時半にはなっていた。外は真っ暗になっていた。帰宅したらもう既に九時は過ぎていただろう。
 しかし意外と気さくな態度の女性だということだけは昨日の誘いによって判明した、これは案外脈があるかも知れない、と久し振りに和男は胸を密かに高鳴らせていた。
 今日出勤してきた時どんな態度を彼女は取るのだろうか、と思った。

 暫く昨日した仕事のチェックをしていたら菊池真理が部屋に入ってきた。そして和男の顔を見るなり
 「昨日はどうもご馳走になりました」
 とそう言って上着を脱いで、壁に吊るしてあるハンガーにかけた。その時ちらっと彼女の胸元がくっきりとした形で露になったが、意外と形のいいバストだな、と和男は思った。そう思った瞬間の彼のペニスは一瞬くっとあの得も言われぬかつて味わった快感を思い出すのであるが、それは一瞬で又引っ込むようなものである。そうでなければこれから一日仕事が出来ない。
 しかしやはり昨日彼女を食事に誘ったことはよかったと思った。それまでよりは色々と彼女に聞きたいこと(仕事のこと)に関しても、新しいいいアイデアを捻り出すことにおいてもよりスムーズに行くようになったからである。
 結局その日はかなり仕事がそれまでのいつの日よりも捗った。そして七時近くになると、真理はタイムカードをパチンと押して帰宅していった。
 
 和男は暫く残務整理があって、先ほどまでしていたイラストレーターとテキストボックスでの作業を一旦終えて、顧客名簿をチェックし始めた。エクセルは正直菊池真理の方が巧みだったが、未だ彼女にも見せられない情報も彼のパソコンにはあったのだ。
 しかし意外とその日はあっさりと残務は処理されて、いつもより(だから前日真理を誘ったことは例外的なことだった)早く、和男は一人で街をぶらついてみようかと思った。
 
 夕方はもう大分涼しくなってきていた。そろそろ冬物も取り出した、逆に夏物は整理しておかなければならない。独身だとそういうことも気遣わねばならないのである。
 しかしたまには一人で酒を飲むのもいいな、と思って和男は駅の反対側(いつもは殆ど行くことがなかった)へ出向くことにした。そういう風にいつも通る道とは違うルートを探索してみる、ということは思わぬ発見に結びつくことが、とりわけクリエイティヴな作業には求められるものなのだ。
 しかしやはり駅の向こう側へと来てみるといつも自分が知っている反対側よりは閑散としているな、という印象を拭えない。しかし和男はそういう閑散とした駅周辺の雰囲気自体は昔からそう嫌いではなかった。
 一瞬木枯らしが吹き荒ぶ今目の前にしている閑散とした景色の中で真理と二人で歩いている時いきなり向こうから抱きついてこられる妄想を和男はしたのだった。すると途端に昨日彼女のことを思い浮かべながら扱いた自分のペニスに残存している快感が一気に押し寄せてきた。しかしそういった妄想が楽しいのは、端的に未だ彼女と何の関係もないからなのである。そのことは痛いほど和男は知っていた。
 つまり恋というものはそれが想像の範囲を超えない内は心ときめくものなのである。恐らく和男と同世代の男性たちは殆どもうそういう気持ちにさえなれなくなっているに違いない、とそう和男は思った。もし家庭があって、既に早く子供が生れていたのなら、そういう同世代の男性にとって異性に心ときめくということが、ややもすると家庭を崩壊させかねないということを直観する人間は多い筈だからである。
 
 それにしても今日はいつもと菊池真理から漂ってくる匂いが少し違う気がした。ひょっとしたら、和男は自分に対してこれまでとは違った意識の仕方をしているので、つける香水も変えたのではないか、と自分に都合のいいように再び妄想をし始めた。
 
 そうこうしている内にある一軒の赤提灯が目に飛び込んできた。周囲に色らしい色の殆どない情景でその提灯の赤い色が鮮やかに目に映ったのだ。
 和男は少し躊躇したが、一度も入ったことのない店にたまには入るっていうのもそんなに悪いことではないな、と思い直し、その店のガラス扉を開け、暖簾を潜って中へ身を入れていった。すると中から威勢のいい声で
 「へい、いらっしゃい」
 と未だ比較的若い年齢のマスターの声がした。そちらの方を見てみると、三十四五歳の血色のいい男性が頭に鉢巻をして焼き鳥を焼いていた。他には調理場には誰もいなかった。
 和男はカウンターに腰掛けて、暫く目の前に置かれてあったメニューを眺めてから、店の全体へと視線を移動させた。すると再び向こうから「するめミックス」という言葉が目に飛び込んできた。そしてマスターに
 「あれ、するめミックス下さい」
 と言ったら、マスターは
 「はい、するめミックス一丁」
 と言って、一瞬屈み込んで冷蔵庫からイカを取り出した。

Tuesday, September 15, 2009

今日はいいところまで行ったが、もっと先まで行かせねば

 二人は話に夢中になっていたので、コーヒーはいつの間にか空になっていた。そこで和男は
 「もう一杯コーヒー飲みませんか?」
 と言うと、真理は
 「あ、今度は私が頼みます」
 と言って、向こうにいるウエイターを呼んだ。そして空のコーヒーのカップを示して、「これと同じのをもう一杯ずつ」と言った。ウエイターは頭を下げて「はい、かしこまりました」とだけ言って下がって行った。
 その時和男は一瞬真理がボーイの方を仰ぎ見た時の少し上へ首筋を上げたその仕草にほんのりとした色気を感じた。一瞬だったが女を感じさせる仕草を彼女は無意識からだろうが、彼に晒したのである。その時和男は男性というものは、女性が心の中に着ている着物を自発的に脱いでいくかということを如何に巧く誘導していくかということで、勝負を決めるとそう思った。つまり一人自宅でマスターベーションしている時に想像している異性とは端的にただ彼に従順であるだけのお人形であればよい。しかし現物の女性とはそうは行かない。つまりそのそうは行かなさ自体が男に努力を差し向けさせるのだ。所詮男は女性の中で果てることだけが生き甲斐な、そういう生き物である。全ての生活上の努力、つまり知性を磨くことも、仕事の能力を向上させることも、周囲から人望を得ることも、出世することも所詮女の膣の中で精子をゆったりとした気持ちで放出するためになされる途上の行為でしかない。それらは目的ではない、手段にしか過ぎないのである。
 かつて女優の五月みどりが言っていた「男の人って女性の中で行く時って最高にいい顔をするのよ」という言葉は説得力がある。特に彼女のようにいい男の精子を沢山吸収してきた熟女の言葉だから。
 しかしだからこそその最高の人生に瞬間のために如何に男とは色々と我慢を多くしなければいけないのだ、とそう和男は思った。
 
 二人は今後の仕事全体のこととか、あまり私的ではないことを結局話して、二杯目のコーヒーが空になった頃、二人の真横にある窓から見られる景色が大分暗くなってきたので、いくらまだ日が長い九月初旬であれ、いつまでも女性を引き止めておくのもよくない(あまり何ても焦ってはいけない、真理はあくまで仕事仲間なのだ、とそう和男は思った)と思い、
 「そろそろ出ますか」
 と和男は言った。すると彼女は
 「そうですわね」
 と言い立ち上がろうとした。しかしその時和男は今日はもう一つだけ何か踏み込まなければ折角彼女を誘った意味がないと思い(しかし心の中ではもし二人が肉体関係を持ってしまったのなら、もうそれまでのように一緒に仕事仲間としてお互いに認識することが困難になる。だからもしそういう地点まで踏み込むのなら、その時は仕事上でのパートナーを別に用意しておく必要はあると考えていた)
 「どうですか、また今度は少しアルコールを入れてお話致しませんか?菊池さんはお酒の方はいける口なんですか?」
 と聞いた。すると真理は
 「ええ、以前は社の同僚たちとよく飲みに行きましたよ。カラオケも好きでしたね。社を辞めてからは全くそういう場所へは行かなくなりましたけれどね」
 と言った。
 二人はそう話しながら入り口近くにあるレジ近辺へ歩いて行ったが、彼女が財布を出そうとしたので、和男はそれを引き止めて自分の財布から紙幣を出してレジに入っていった店員に支払った。

 外に出るとすっかり周囲の景色が秋めいていた。ほんのりとした涼風も吹いている。今年の夏はしかしそれほど暑くはなかったから、仕事をするのには最適だったが、景気はあまり回復することには繋がらないだろうし、今年の冬は暖冬であるらしいから、また日本経済には打撃になるかも知れないと一瞬思ったが、隣に女性がいるのに、そんなことを考えていては失礼だと思い、和男は
 「タクシーを止めましょうか」
 と言った。そして真理が「そうですね」と言ったので和男は前方からやって来るタクシーを手を挙げて停めた。そして一万円札一枚と数枚の千円冊を二枚菊池真理に渡すと、
 「また明日もよろしくお願い致します」
 と言って彼女を後部座席に乗るように促した。すると真理は彼が渡した紙幣を悪びれずに受取りながら
 「今日はどうもご馳走様でした」
 と言って車の中に乗り込んだ。
 車の中から手を振る真理の姿が遠ざかっていくのを見届けてから、和男は駅の方へ向かって歩いて行った。そこからバスで帰宅するのだ。車も持っていたが、会社へ行く時にはいつも色々と考え事をするようなタイプの人間だったので、和男は一切私用以外ではセダンを利用することはなかった。いずれもっと親しくなっていったなら、真理との一件でも車が必要になる時も来るかも知れない、と漠然と駅へ向かいながら歩いている時和男はそう思った。
 和男は敢えて彼女の住所も聞いてはいない。和男は最初から面接した全ての女性の住所さえもメールで送信させた履歴書に記述させなかったのだ。男性一人で仕事をする中に一人女性が参加するわけだから、そういう配慮は必要だと思ったからである。
 しかしこれで明日からもっと仕事にも精を出してくれるだろうと今度は経営者然とした気分で和男はそう思ったが、意外と彼女は話せば話すほど性的な魔力のようなものを奥へ奥へと引っ込めさせるようなタイプだと思った。それは女性としては当然の嗜みなのかも知れないが、ある部分ではあまりそうさせないようにしないと、そのまま向こうの思うとおりにさせていると、ただの上司と部下の関係になっていってしまう、とそう和男は思った。
 
 その日和男はいつものようにはネット配信で見るアダルト動画など一切見ることなく、冷蔵庫に数日前に買って入れておいたワインを取り出してグラスに注ぐとちびりちびりと舐めるように飲みだした。
 そして彼女がボーイにコーヒーのお代わりを頼んだ時に顔をボーイの方に一瞬挙げたその首筋を思い出し、一緒にいた間中ずっと彼女が仄かに放っていた女性特有の匂いを全身で想起させながら、ズボンの上から自らの股間をさすり始めた。そしてやおら中から勃起したペニスを取り出し、扱き始めた。
 細心の工夫をしながら彼はいつも自分のペニスを弄ぶ。しかし本当に女性との間で得る快感に比べればずっと快楽指数的には高いが、実感的には空しさも付き纏う。しかしその日は久し振りに生の女性と対話した後でする自慰だった。
 和男は二十分くらい時間をかけて、真理の首筋の様子を思い出しながら、忙しくて最近あまりしていなかったためにたんまりと溜まっていた精子を自分の掌の中に生暖かい感触を味わいながら発射させ、暫くその匂いを顔に持っていき、嗅いだ。まるで春草のような匂いである。まだまだ俺は行ける、そう和男は思った。そして精子でべとべとになった掌を台所の蛇口で綺麗に洗った。
 何も動画一切を利用せずに射精したのはかなり久し振りのことだった。そうである。やはり生の女性を想像してする自慰は最高だ、そう和男は思った。 
 しかしいつまでもそれだけに留めておくのはいけない、もっと先へと進ませなければ、そう和男は思った。

Monday, September 14, 2009

今日することは今日の気分で決める3

 二人はボーイが運んできたペスカトーレを食べながら、日頃の仕事のことについて色々ああだった、こうだったと語り合った。和男は一切面接をした女性の住所さえ問わなかった。連絡先は全てメールアドレス、携帯の番号だけで連絡を取り合っていた。従って今一緒に食事をするこの女性の住所さえ知らない。だからこそ彼女が彼の事務所で働くようになってから初めてこういうところに招待したのである。しかし誘うまでは和男はこの女性が一体どこまで誘いに応じるか多少不安だったのだが、いざ誘ってから一緒に食事をしていると、意外に親しみの持てる性格の人だということも理解出来た。そう思えたこと自体今後の彼らにとって悪いことではない、とそう和男は思ったし、彼女も内心ではそう思っているのに違いないと彼は考えた。
 「社長は、映画とかご覧になりますか?」 
 そう半分以上ペスカトーレを食べ終わった時に彼女は和男に質問した。和男はそれに対して
 「そう、昔は好きだったんですけどね、最近はなかなかゆっくりそういうものを見る余裕がなくなってしまってね」
 と言った。すると菊池真理は
 「映画を出演俳優を目当てにご覧になる方ですか?それとも監督の名前でご覧になる方ですか?」
 と聞いてきた。その質問に対して和男は、俳優に対して許容範囲を広く取る監督、つまり俳優たちのアドリブに対して寛容なタイプの監督と、そうではなく一切監督の指示通りに動いてくれなければ我慢出来ないタイプの監督がいると思ってきたが、自分は果たして経営者としてはどちらのタイプなのだろう、と思った。尤もたった二人で仕事をしているだけなので、そんな比喩は当て嵌まらないかも知れないが、とも一瞬思った。
 「そうですね、それは俳優とか監督に拠りますね」
 と無難な返答をした。すると真理は
 「それもそうですね、好きな俳優ならそれを目当てに見るだろうし、監督が好きだったなら、それを目当てに見ますからね、普通」
 と彼の考えに合わせた。
 しかしこうやって話していると、この女性は一体何を考えているのかということを訝って、いつこういう誘いをかけるべきか考えていた頃に比べると急に中性的に感じられてしまうものである、そう和男は思った。尤も彼も自宅で一人でいる時時々はマスターべーションもしたが、ネット配信のアダルト動画をおかずにして抜いてきた。それを見ながら脳裏では菊池真理のことを考えずにしたことはあまりなかったと普段のことを思い返した。しかし実際の相手は常に違う反応をする。相手を妄想をする姿と相手自身とは常に全く別物である。  昔女優の五月みどりが「男の人って、女の中で行く時最高にいい顔をするのよ」と週刊誌で言っていたことを一瞬彼は思い出した。そうなのである。女性というものを五月みどりくらいいい熟女に仕立て上げて、男性にとって寛げるように持って行くこと自体も既に男性の側の力量なのである。それは相手が恋人であれ、妻であれ変わりないことである。だが今目前にいる女性は、果たしてそういう相手になり得る可能性なんてあるのかどうかさえ未だよく分からない。分からないからよく見えたり、そうでなかったりするだけだ。だが一体相手を分かるとはどういうことなのだろうか、とも和男は思った。
 二人はすっかりパスタを平らげたので、和男が
 「ここのコーヒーは意外と美味しいんですよ」
 と言ったら、真理は
 「それじゃあ、頂きましょう」
 と言った。そこで和男は向こうで立って客のリクエストに応じるために控えているボーイを呼び、アメリカンコーヒーを二人分注文した。
 「喫茶店とかにもよく行かれる方なんですか、社長は」
 と真理が聞いたので、和男は
 「時々読書をするために利用することがありますね、日曜日なんかにね」
 と答えた。すると彼女は
 「社長はどんな本がお好きなんですか?」
 と質問した。和男は即座に
 「そうですね、色々と読みますけれどね。企業小説も昔は好きだったけれど、やっぱり最近は少し年とったせいか、宗教関係の本なんかもよく読みますね」
 と答えた。すると更に真理は
 「やはり社長でも死ぬことなんて考えるんですか?」
 と聞いてきた。彼女との話題がそういう方向へ来るとは予想もしなかった。しかしそういう話をすることが出来る雰囲気とはそんなに悪いことではない、と和男は思って
 「まあ、たまにはね、だって誰だって一度は死にますからね。ただ二度と生き返れないし、二度と死ねないですからね」
 と答えた。
 「生きている内に好きなことしなければ損だって思いますか?」
 と更に真理は聞いてきた。和男は 
 「まあ、こんなことをしなければ損だとかそういう風には思わないけれど、自分なりにその時々でしたいことをしなければという風には思いますね」
 と言った。
 窓の外を見ると最早秋もそろそろ充実してきたのか、気がつかない内に大分暗くなっていた。
 「ここから菊池さんのご自宅は遠いんですか?」
 と和男が質問すると真理は
 「そんなでもないですよ。バスに乗ってちょっと行けばすぐです」
 とあっさり答えた。
 別に他意があって質問したわけではないが、一人で暮らしているのか、結婚しているのかも一切問わないで雇ったので、ここまで来たのだから、いっそもう少し立ち入った質問をしてみようと思い和男は
 「菊池さんはご結婚なさっておられるのですか?」
 と質問した。それに対して
 「どのように私って見えるのかしら?」
 と少し悪戯っぽくそう言ったので、和男は少し意外な気がした。しかし意外だという表情を彼女に和男が見せたので
 「まあ、ご想像にお任せ致しますわ」
 と笑いながら彼女はそう答えた。別にそれ以上詮索する必要などない。結婚していたって、それが和男を彼女を口説くことをやめさせる理由にもならないし、独身だからと言って相手を簡単に落とすことなど出来るわけでもない。でもまさかもう三十近いか、超えているように見えるから、処女というわけでもあるまい、と勝手にそのように和男は心の中で判断した。
 

Sunday, September 13, 2009

今日することは今日の気分で決める2

 和男は真理を連れていつも行っているあるレストランに行こうと思っていた。いつも行くと言っても、日曜日などに一人で街に買い物に行く時などに昼食用に利用していたレストランである。ちょっと小粋なイタリアンレストラン風だが、別に格別イタリア料理店というわけではないし、中にはカレーライスもあったりするが、ファミレスでもない店だった。店内の装飾も華美ではなく、落ち着いていたし、女性を初めて誘うには格好の店だと思ったのだ。
 和男と真理は東京都内で最も埼玉県に近接したある都市にある和男がたった一人でまず創業させた会社が借りるマンションの一室(四階にあった)からエレベーターで降りて、マンションのエントランスから二百メートルくらい歩いて突き当たる大通りから駅の方へ向かって歩いた。和男は同じこの町の外れの森の脇にあるマンションに一人暮らしなのである。そしてマンションのエントランスにある郵便受けに入っていたらある別のマンションの部屋の売り出しの広告を見て、創業と共にある銀行からお金を借りてその一室を借りることにしたのだった。 
 菊池真理は三十五人の応募者の中で最後に彼が面接した女性だった。女性だけをネットの自分のブログ(和男は自分の些細な日常をブログにしていたが、その中で彼が事業をするつもりなので、そこで働きたい女性を公募したのだ)で募ったら何と三十五人も応募してきたのだ。メールで履歴を送信するように彼はブログの中で指定していたのだ。そこで彼は一切学歴を問わず、まるでソニーの入社試験のように一切学歴を書かせない履歴書を予め応募者にブログによる指定でメール送信して応募させた。年齢さえ書かないように指定した。すると年齢は分からないわけだから、大体推定で言うと、六十代の女性から、十代後半の女性まで様々な年齢の女性が応募していたということが、実際に一人一人メールの遣り取りで約束した日時に女性が彼が既に購入していたマンションの一室に訪れた時に分かった。   
 一人一人応対して勤労意欲とか、自分との相性を確かめるということもそんなに楽は作業ではなかった。そして最後まで三四人くらい最終候補を決めていたが、最後に少し他の応募者よりも遅くメールで履歴書を送信してきた(彼は応募者を締め切らなかったのだ)菊池真理とマンションで応対した時に彼女で行こうとその時決めたのだった。殆ど直観的なことだった。年齢は恐らく二十代後半くらいから三十代前半くらいだろうと彼は思った。恐らく未だ三十五よりは少し若いだろうとだけは思った。しかしそんなことはそもそもそんなに大した問題ではない。やはり重要なこととは仕事を一緒にする相性だったのだ。だから別に本当にいいパートナーであり得るのなら六十代の女性でもよかった。尤も容姿はそんなにどうでもいいという判断基準ではなかったということは最初に述べたとおりである。 
 二人は七分くらい歩いたある四つ角で止まった。和男が 
 「その角の店ですよ」 
と言うと対して真理は
 「まあ素敵な店ですね」 
と言った。その言葉で迷うことなく和男はその店に真理を入れようと思った。 
 女性をエスコートすることに格段和男は慣れているわけでもないが、まあ年齢的なこともあって、それほど緊張した異性に接しなければいけないということでもなかったということだが、相手も相手で和男が結構年配者なので、逆に安心していたということもあったかも知れない。そうであるならちょっと悔しい気もするが、この年になっているのだから、そんなことを気にしていては何も始まるまいとも思った。 
 しかし女性とは男性の方から格別の関心がある姿を最初から晒すと一気に気持ちが離れていくそういう生き物である。だから最初から がっつかない ようにしなければならない。 
 そう言えばつい最近、確か関西だったように記憶しているが、電車の運転士が写メールで運転室から乗客の女性を写したということがニュースで報じられたことを和男は思い出した。あれからその運転士はどのような処分を受けたのだろう、と彼は思った。しかしマスコミとは最初何か報じる時にはこれ見よがしに視聴者の関心を惹くニュースを選ぶけれど、その後日談まできちんと報じることなど滅多にないと思った。そうなのである。マスコミとはそういう風に責任なんて一切取らないのである。 
 でもそういうことをしなければならないくらいにその恐らく若い運転士は異性というものに対しての関心を注ぐ機会がなかったのだろうか?ああいう仕事をする人たちはきっとかなり生活態度が真面目であることが外面的な印象から求められているから、ストレスもきっとかなり溜まっていたのだろう、と勝手に和男は思った。 
 しかしそんなことを考えている暇はない、今はとにかく真理とどれくらいコミュニケート出来るかということがその時の最大の問題だったのだ。真理が横に歩いている時微かに真理から漂ってくる薄化粧の香りが和男の鼻腔を実は先ほどからずっと刺激し続けていた。勿論そういう時に和男のペニスの先は昔似た匂いを発散させていた女性のことなどを無意識の内に思い出し、くっと固有の快感が押し寄せていた。未だ俺は十分女を抱けるとそういう時に和男は思うのだった。しかしそのことに真理自身は気づいていたのだろうか?そう和男は思った。
 二人はレストランに入ると、ボーイの誘導に任せて、禁煙席を二人の相槌で了解した彼の後に続いて歩いていくと、二階にあるその店から眺望出来る四つ角の見える小窓のある最も奥の、しかしそんなに暗くはない席に案内されて腰掛けた。二人とも小窓に接して座ることの出来るテーブルだった。真理の方を和男は奥に座らせた。 
 二人が席に着くと、直ぐにボーイが水とメニューを運んできた。 
 「おなか空いていますか?」 
と和男が尋ねると真理は 
 「ええ、少し」 
と応えた。
 「菊池さんは普段はどんなところでお召しあがりになるんですか?」
と和男が尋ねると真理は
 「そうですね、その時に拠りますけれど、以前勤めていた会社では皆でよく昼食時なんかは、ハンバーグの店に行きましたね」 
と気さくに答えた。 
 「私のところに来てからはどういうところに行かれたりしていたんですか?」  
と和男が聞くと彼女は 
 「そうですね、さっき通った道から見えた定食屋さんがあったでしょう?」 
と真理が言ったので、そう言えばあったと思い出し、和男は自分は入ったことがなかったが 
 「ああ、ありますね」 
と返答した。 
 和男は仕事をしながらでも、あまり意識を集中しなければいけない作業以外の時には仕事と関係のないことを妄想することも結構好きだったので、向かいのデスクで仕事をする真理と時々業務のことについて声をかける時以外では、密かに彼女の顔や首筋をちらりちらりと観察しては、色々な想像をしたりしていた。そして時には性的な妄想もするのだった。 
 しかしその時は実際に彼女を店に誘って、色々話してみようと思っていたし、また仕事を終えて疲れてもいたし、少々腹も減っていたので、彼女を脇に従えて歩いている時に鼻腔に突き刺さったあの感じ以外では、意外と和男は妄想を逞しくすることが出来なかった。しかしそれはいいことなのだろう、現実とは妄想よりもずっとあっさりとしているものなのだ、と思って和男は、その時にテーブルにやってきたボーイの 
 「お決まりですか?」 
という一言に続いて 
 「何か好きなものを頼んで下さい。私が出しますから」 と言うと真理は 
 「そうですか、ではお言葉に甘えさせて頂きまして、じゃあ、私はペスカトーレを頂きます」 
 と言った。その言葉を受けて和男は別に何でもよかったので、 
 「では、私も同じものを」 
 とボーイに言うと、彼は 
 「かしこまりました」 
とだけ言って下がって行った。

Saturday, September 12, 2009

今日することは今日の気分で決める

 河井和男はある意味ではかなり気分屋である。それは気難しいというのとも少し違う。それは今日することをそれまでの予定とか計画どおりにするという意味ではなく、あくまでその時その瞬間の気分を最大限に優先して決めるということである。勿論彼にも多少気難しい面もあったが、しかしそれは彼の全体からすればあくまで部分的なことでしかない。 
 彼が今している仕事はブロガーたちが簡単にブログを作ることが出来るために、必要なブログ制作会社から依頼されてするロゴのデザインとか写真を載せたりすることを手伝ったりすることだったが、要するに出来る限りあまり大勢の人と直に関わりを持たずに出来る仕事が何かないかと探した結果今のような仕事をするという状態になったのである。 
 さて目下の彼の関心は彼と二人で狭い部屋で仕事をしている菊池真理のことである。彼女は彼がネットで募集して応募してきた三十五人の女性の中から彼が選んだ女性である。パソコンの技能、とりわけイラストレーターの画像処理テクニックは、以前働いていた会社でのキャリアからも実証されている。しかしそれ以外の彼による彼女の採用基準ははっきり言って容姿である。そんなこと当然であると彼は思っている。 仕事は仕事と割り切ることが大切だと知っていながら、彼はたった二人でこんな狭いマンションの一室を借り切って仕事をしているのだ、仕事のパートナーとして採用する女性がいい女でないなんてそんなの間違っている、と彼は思っている。 
 必死に仕事をしながらもっと楽になりたい、と常に思って仕事をしてきたら、いつの間にか和男はいい年になっていた。もうすぐ五十なのである。常に先へ先へ意識を延ばして生きていたら、いつまで経っても今を楽しむことなど出来はしない。そう彼はある時期から考え始めた。今しかない、今を大切にするしかない、とそう思った時隣でいい女が仕事をしている。しかも無心で。 
 最後に女を抱いたのはいつのことだろう、そう思うと今日もそろそろ定時である夕方の五時近い。和男の下半身は少しずつ数年前に最後に抱いた女のことを思い出し、疼き始めた。 菊池真理の容姿は、髪の毛は中ぐらいまで伸ばし、昔のタイピストを思わせるブラインドタッチは見ていて気持ちがいい。顔もそんなに悪くない。寧ろ美形の方である。でもそんなに一目見て欲情を誘うタイプでもなさそうである。しかし女は確かに傍目からはなかなかその本質を掴むことは難しい。それくらいのことは和男は年齢的な意味からも考えることが出来る。 
 だからと言ってあまり他人を邪推することはよくないとも思う。つまり適度に警戒心を怠らずに、しかも相手をそれなりに信用する、これが彼のモットーである。 
 とにかく彼は今日これから仕事を終えてすることを全く計画など立てていなかった。仮に彼の場合立てていてもその通りになるっていうことは殆どない。そこでこの仕事に真理が入ってからそろそろ1ケ月になるので、一度くらいお茶にでも、相手が望めば一杯誘うっていうのもそんなに非常識ではないな、と思って彼は真理に尋ねた。 
 「菊池さん、今日は何かご予定が御座いますか?」 
 すると菊池真理は即座に 
 「と仰いますと?」
 と逆に質問してきた。和男は間髪を入れず
 「ええ、あなたがうちに来てくださってからもうそろそろ1ケ月です。どうでしょう、一度お茶でも飲んでお話致しませんか?」
 と言った。すると彼女は笑顔を見せて 
 「そうですね、そういうのも悪くないですわね」 
と意外なほどあっさりと彼の申し出を彼女は受け入れた。
 「そうですか、では私が時々行くあるレストランで美味しいコーヒーでも飲みましょうか」
 と和男は最初は少し緊張していた表情と声質を和らげて、咄嗟に彼女の座る椅子の後ろに回って彼女をエスコートするかのように彼女がデスクから立ち上がろうとするところを彼女を両肩を軽く両手でそっと支えた。 
 こういう時のために予めどういうところに女性を連れて行こうかなどと彼が考える筈がない。そうである、彼はいつも今日することは今日の気分で決めるのである。だからその時も口から出任せでは決してないが、そうかと言って前々から考えていてそう言ったのではなかった。