Wednesday, December 16, 2009

競演が終われば

 和男はそういうほんの一瞬の愉悦のためにのみ人はピストン運動や全身に汗をかくことを好んでするのだな、といつも性行為の後にそう思う。
 彼はその種の行為の事後起こる固有の虚脱感、虚しさ、倦怠が好きだった。何とも言えない空虚感がたまらなく好きなのである。何故なら性行為の後ほど人間は哲学的になれる瞬間などそうあるものではないからである。
 恐らくどんなに哲学的センスのない奴でもセックスをした後は必ず一瞬哲学的気持ちになるだろう、そう和男はその時も思った。
 さっきまで勃起し続けてきていた彼のペニスは元の通りに次第に収束していった。それを認めるや一回だけ君子は和男の仕舞い込まれていくペニスに唇を窄めてキスをした。和男のペニスは一瞬それに反応したが、再び勃起へと至ることを和男の意志が抑制した。きりがない。もう車の中で二回果てているのである。
 総一郎氏もペニスをズボンの中に仕舞い込み、君子が徐々にそこに来るまで身につけていた衣類を付け始めると、優しく彼女の髪の毛と頭を撫でて、項にそっとキスをした。夫婦の愉悦を手伝った形だった和男だが、後悔はなかった。いいものを見せて貰ったと思った。そういう機会を得ることで和男はまるで二十代の青年に戻っていくことは出来たように思えた。
 車の中は女の体液と男の精子の匂いに充満していた。君子は運転席にきちんと戻って一瞬足を上げてパンティーを上まで持っていき、それを深々と履くと、座り直し、サイドの窓ガラスを脇のボタンを押して開けた。外の空気は先ほどまでは締め切られていた側かも入ってきて、その時に充満していた三人の競演の空気を徐々に外気へと同化させていった。
 和男のペニスは満足しきっていた。尿道の辺りにむず痒くくすぐったい、あの固有の感じが先ほどまで自分が他の二人と共に快を求めていたことを証明している。
 辺りは急に晴れ渡ってきた。まるで三人の門出を祝っているかのようだった。
 その瞬間から徐々に少し離れた通りから聞こえる観光客の一群の立てる音が聞こえ出した。それまでは熱中していたので、一切の音が遮断されていたからだ。
 和男は
「二日間色々とお世話になりました。いい思い出が京都で出来ました」
と言って、その車から降りようとして、総一郎が再び性行為を終えて、座っていた車椅子を車から遠ざけるように目配せして、ドアを開けて外に出た。
「もうお帰りになられるんだったら、駅まで君子に送らせますよ」
と気を利かせてそう言ったが、また二人になると妙な気持ちにならないとも限らない。そこまで他人の夫人を巻き込むわけにもいかない、もう十分満喫させて頂いた、そう和男は思っていた。これは京都流のもてなしかも知れない、そうも思った。
「いや、私少し別の名刹も見てから今日夕方新幹線で帰宅することに致しますので」
と言って、車で京都駅まで妻に送らせようとした総一郎氏の好意を遠慮した。総一郎氏は
「そうですな、折角こちらにいらしたんだから、もっと色々と回られて心行くまで味わってからお帰りになられた方がええですな」
と、納得していた。
 和男は車の運転席にいる君子に会釈して総一郎にも深くお辞儀をしてその場を立ち去った。そして南禅寺の方へと向かって行った。

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