三つくらい席を空けて向こうに座る会社員らしき二人の男性はつい最近変わった政権について語り合っていた。二人とも三十代後半か四十代前半といったところだった。
「今度の政権はどうなんだろうね?」
と一人の会社員がそう言うと、
「まあ、暫くは様子を見てみないと分からないけれど、前政権がどうしようもなかったから、何となくいいことをしてくれるっていう期待だけはさせてくれるけれどね」
と言った。ここ数年もう毎年のように政権が変わり、首相の顔も変わっている。あまり一人の実力者が立て続けに政権を維持することもよくないが、こうも頻繁に代わるというのもあまり芳しいことではない、と誰もが思っていただろうから、その二人の会話はそういう庶民の感情を代表しているようにも聞き取れた。
和男はその二人の会話内容を横耳で聞きながらそう思った。しかしそれにしてもまあ自分は時代の波に全く置いてけぼりにされたわけでもないし、だからと言って常に最前線を走っているわけでもない、しかしそのどちらでもないということが大半の人々の人生なのだろう、と和男は思った。横で話をしている二人には家庭はあるのだろうか、最近は男女とも結構いい年齢になるまで独身の人も多いし、かつてのように「身を固める」という意識が責務的なものではなくなってきている。それは端的に女性が社会において職場で男性と対等に働くようになったからである、とそう和男は思っている。そのこと自体はいいことだが、そのためにかつて日本女性が持っていた色々な家庭を守る裁量、あるいは様々な技術、裁縫とか料理とかそういう嗜みは大分今の女性には失われてしまっているとも思える。だからこれからは昔は女性が一手に引き受けてきていたことを男性も分担していくそういう時代なのである。そうも思った。
ではアメリカとかイギリス、あるいはフランスといった国々では男性と女性の関係は昔からやはり変わったのだろうか、そういうことっていうのは、意外とあまり映画などを鑑賞しているだけでは情報として入ってこないものだな、と和男は思った。結局グローバリズムなどと言っても、所詮本当にそれらの国々が抱えている諸事情とか伝統的な意識、文化的な制約といったことは、対外的にはポーズ的に振舞うものなので、内実というものは伝わってこないものだな、と和男は思った。つまり端的にそれらの国々ことを本当に熟知し得るのには、まずそこで何年か住んでみなくてはならないのである。
そのことは一個人である男性とか女性にも当て嵌まるのではないか。つまり本当に相互に知り合うためにはやはり一緒に暮らしてみなければ分からない。しかし一旦そうやって一緒に暮らすということはなかなか結婚以外ではあり得ないことの方が多い。するとやはり人生とは最初から何もかも理解出来るということ、誰をも理解しようと思うこと自体を諦めることからしか道は開けず、見えてもこないということを意味しているように、その時和男には思われた。
和男はその時出された「するめミックス」がなかなか美味しかったので、またその店に来ようかな、とそう思って
「美味しかったですよ、するめミックス」
と言ったらマスターは
「どうも有難う御座います」
と言ってちょっとだけ頭を下げた。和男は先ほど出された生ビールを一杯空けてもう一杯同じものを頼んだ。そして二杯目を飲み始めたところで、がらりと扉を開ける音が聞こえ、中に和夫とさして変わりないくらいの年齢の中年男性が入ってきた。するとマスターが
「へい、いらっしゃい」
と常連が入ってきた時のような笑顔をその男性に注いだ。
Friday, September 18, 2009
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