二人はボーイが運んできたペスカトーレを食べながら、日頃の仕事のことについて色々ああだった、こうだったと語り合った。和男は一切面接をした女性の住所さえ問わなかった。連絡先は全てメールアドレス、携帯の番号だけで連絡を取り合っていた。従って今一緒に食事をするこの女性の住所さえ知らない。だからこそ彼女が彼の事務所で働くようになってから初めてこういうところに招待したのである。しかし誘うまでは和男はこの女性が一体どこまで誘いに応じるか多少不安だったのだが、いざ誘ってから一緒に食事をしていると、意外に親しみの持てる性格の人だということも理解出来た。そう思えたこと自体今後の彼らにとって悪いことではない、とそう和男は思ったし、彼女も内心ではそう思っているのに違いないと彼は考えた。
「社長は、映画とかご覧になりますか?」
そう半分以上ペスカトーレを食べ終わった時に彼女は和男に質問した。和男はそれに対して
「そう、昔は好きだったんですけどね、最近はなかなかゆっくりそういうものを見る余裕がなくなってしまってね」
と言った。すると菊池真理は
「映画を出演俳優を目当てにご覧になる方ですか?それとも監督の名前でご覧になる方ですか?」
と聞いてきた。その質問に対して和男は、俳優に対して許容範囲を広く取る監督、つまり俳優たちのアドリブに対して寛容なタイプの監督と、そうではなく一切監督の指示通りに動いてくれなければ我慢出来ないタイプの監督がいると思ってきたが、自分は果たして経営者としてはどちらのタイプなのだろう、と思った。尤もたった二人で仕事をしているだけなので、そんな比喩は当て嵌まらないかも知れないが、とも一瞬思った。
「そうですね、それは俳優とか監督に拠りますね」
と無難な返答をした。すると真理は
「それもそうですね、好きな俳優ならそれを目当てに見るだろうし、監督が好きだったなら、それを目当てに見ますからね、普通」
と彼の考えに合わせた。
しかしこうやって話していると、この女性は一体何を考えているのかということを訝って、いつこういう誘いをかけるべきか考えていた頃に比べると急に中性的に感じられてしまうものである、そう和男は思った。尤も彼も自宅で一人でいる時時々はマスターべーションもしたが、ネット配信のアダルト動画をおかずにして抜いてきた。それを見ながら脳裏では菊池真理のことを考えずにしたことはあまりなかったと普段のことを思い返した。しかし実際の相手は常に違う反応をする。相手を妄想をする姿と相手自身とは常に全く別物である。 昔女優の五月みどりが「男の人って、女の中で行く時最高にいい顔をするのよ」と週刊誌で言っていたことを一瞬彼は思い出した。そうなのである。女性というものを五月みどりくらいいい熟女に仕立て上げて、男性にとって寛げるように持って行くこと自体も既に男性の側の力量なのである。それは相手が恋人であれ、妻であれ変わりないことである。だが今目前にいる女性は、果たしてそういう相手になり得る可能性なんてあるのかどうかさえ未だよく分からない。分からないからよく見えたり、そうでなかったりするだけだ。だが一体相手を分かるとはどういうことなのだろうか、とも和男は思った。
二人はすっかりパスタを平らげたので、和男が
「ここのコーヒーは意外と美味しいんですよ」
と言ったら、真理は
「それじゃあ、頂きましょう」
と言った。そこで和男は向こうで立って客のリクエストに応じるために控えているボーイを呼び、アメリカンコーヒーを二人分注文した。
「喫茶店とかにもよく行かれる方なんですか、社長は」
と真理が聞いたので、和男は
「時々読書をするために利用することがありますね、日曜日なんかにね」
と答えた。すると彼女は
「社長はどんな本がお好きなんですか?」
と質問した。和男は即座に
「そうですね、色々と読みますけれどね。企業小説も昔は好きだったけれど、やっぱり最近は少し年とったせいか、宗教関係の本なんかもよく読みますね」
と答えた。すると更に真理は
「やはり社長でも死ぬことなんて考えるんですか?」
と聞いてきた。彼女との話題がそういう方向へ来るとは予想もしなかった。しかしそういう話をすることが出来る雰囲気とはそんなに悪いことではない、と和男は思って
「まあ、たまにはね、だって誰だって一度は死にますからね。ただ二度と生き返れないし、二度と死ねないですからね」
と答えた。
「生きている内に好きなことしなければ損だって思いますか?」
と更に真理は聞いてきた。和男は
「まあ、こんなことをしなければ損だとかそういう風には思わないけれど、自分なりにその時々でしたいことをしなければという風には思いますね」
と言った。
窓の外を見ると最早秋もそろそろ充実してきたのか、気がつかない内に大分暗くなっていた。
「ここから菊池さんのご自宅は遠いんですか?」
と和男が質問すると真理は
「そんなでもないですよ。バスに乗ってちょっと行けばすぐです」
とあっさり答えた。
別に他意があって質問したわけではないが、一人で暮らしているのか、結婚しているのかも一切問わないで雇ったので、ここまで来たのだから、いっそもう少し立ち入った質問をしてみようと思い和男は
「菊池さんはご結婚なさっておられるのですか?」
と質問した。それに対して
「どのように私って見えるのかしら?」
と少し悪戯っぽくそう言ったので、和男は少し意外な気がした。しかし意外だという表情を彼女に和男が見せたので
「まあ、ご想像にお任せ致しますわ」
と笑いながら彼女はそう答えた。別にそれ以上詮索する必要などない。結婚していたって、それが和男を彼女を口説くことをやめさせる理由にもならないし、独身だからと言って相手を簡単に落とすことなど出来るわけでもない。でもまさかもう三十近いか、超えているように見えるから、処女というわけでもあるまい、と勝手にそのように和男は心の中で判断した。
Monday, September 14, 2009
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