Thursday, September 17, 2009

偶然入った店で②

 「お飲み物は何になさいますか?」
 とマスターが言ったので
 「そうだな、未だそんなに寒くもないから、生ビールにしようかな」
 と和男が言うと、彼は生ビールをレヴァーを引いて注いで、和男の前に差し出した。それを和男はまず一口だけ飲んだ。マスターはそれを横目で見ながら今度は予め解凍したまま入れておいたイカを、肢を一本一本と、胴体を横切りにして、それを天火で炙った。そしてそれをレタスと貝割れ大根と鰹節と和えてその上にマヨネーズを少し多めに醤油とドレッシングを少な目にかけてから、レモンを添え。そしてそれをカウンターに座る和男に 「はい、お待ちどう」と言って出した。
 和男はレモンを絞って上にかけてから、それを箸で一口入れて噛むとじわっとドレッシングとレモンの酸味が舌全体に広がった。そしてマヨネーズの味が全体を引き締めていた。
 「うん、これはいけるね」
 と和男は言った。
 「有難う御座います」
 とマスターは応えた。
 和男は再びビールをぐいっとまた一口飲み、するめミックスをもう一口放り込むと、改めて店内を見回した。結構薄汚れた壁だったが、そんなに昔からやっているという感じにも見えなかったので、マスターに
 「ここ始めてからどれくらいになるの?」
 と聞くと、彼は
 「丁度三年くらいですかね」
 と答えた。
 「ずっとこういう仕事をなさってきたんですか?」
 と和男が質問すると、マスターは
 「そうですね。ここに来る前はもうちょっと大きいチェーン店の居酒屋で働いていましたけれど」
 と言った。
 何の世界でもそれなりに下積みとか修行とか大変である。それもこれもやはり男が働くということは、女と幸せになるためなのか、それともいい仕事をするために女性と家庭を持ち、そこを癒しの場とするのだろうか?そんなことを一瞬和男は考えた。確かに自分は若い頃はいろいろあったけれど、結果的にはずっと独身のまま今日まで来てしまった。それはそれで別に構わないことなのかも知れないが、この男はそこら辺はどうなのだろう、と思って
 「マスターは結婚はされているの?」
 と親しみやすそうな感じだったので、聞いてみると
 「いや、今は一人ですよ」
 と言ったので、一瞬和男は
 「ということは?」
 と返すと、マスターは
 「三年前に別れました。つまりここで一人でやるようになり少し前にね」
 と言った。一瞬これは悪いことを聞いてしまったと思いもしたが、まあ相手は男性だからと思って
 「そりゃ、悪いことを聞きましたね」
 と即座に誤った。するとマスターは
 「いえいえ、まあ一人っていうのもそれなりに気楽だっていうことが、寧ろ別れてからよく分かりましたけれどね」
 と愛嬌のある笑顔でそう答えた。だが向こうからは和男にそういうことは一切聞いてこなかったので、和男からは一切そういうことは告白しなかった。
 和男の他にも既に二人連れの会社員らしき男性が少し離れたカウンターで飲んでいたが、それ以外には客はいなかった。
 「これからなの?客が多くなるのか?」
と和男が聞くと、マスターは
 「そうですね、内は六時半に開店ですから、八時くらいが一番多いですね」
と言った。
 「ここら辺の人は隣の市から会社に通っている人が殆どなので、意外と夕方よりも少し遅くなってからの方がお客さんは多いんですよ」
と説明を付け加えた。

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