Saturday, September 12, 2009

今日することは今日の気分で決める

 河井和男はある意味ではかなり気分屋である。それは気難しいというのとも少し違う。それは今日することをそれまでの予定とか計画どおりにするという意味ではなく、あくまでその時その瞬間の気分を最大限に優先して決めるということである。勿論彼にも多少気難しい面もあったが、しかしそれは彼の全体からすればあくまで部分的なことでしかない。 
 彼が今している仕事はブロガーたちが簡単にブログを作ることが出来るために、必要なブログ制作会社から依頼されてするロゴのデザインとか写真を載せたりすることを手伝ったりすることだったが、要するに出来る限りあまり大勢の人と直に関わりを持たずに出来る仕事が何かないかと探した結果今のような仕事をするという状態になったのである。 
 さて目下の彼の関心は彼と二人で狭い部屋で仕事をしている菊池真理のことである。彼女は彼がネットで募集して応募してきた三十五人の女性の中から彼が選んだ女性である。パソコンの技能、とりわけイラストレーターの画像処理テクニックは、以前働いていた会社でのキャリアからも実証されている。しかしそれ以外の彼による彼女の採用基準ははっきり言って容姿である。そんなこと当然であると彼は思っている。 仕事は仕事と割り切ることが大切だと知っていながら、彼はたった二人でこんな狭いマンションの一室を借り切って仕事をしているのだ、仕事のパートナーとして採用する女性がいい女でないなんてそんなの間違っている、と彼は思っている。 
 必死に仕事をしながらもっと楽になりたい、と常に思って仕事をしてきたら、いつの間にか和男はいい年になっていた。もうすぐ五十なのである。常に先へ先へ意識を延ばして生きていたら、いつまで経っても今を楽しむことなど出来はしない。そう彼はある時期から考え始めた。今しかない、今を大切にするしかない、とそう思った時隣でいい女が仕事をしている。しかも無心で。 
 最後に女を抱いたのはいつのことだろう、そう思うと今日もそろそろ定時である夕方の五時近い。和男の下半身は少しずつ数年前に最後に抱いた女のことを思い出し、疼き始めた。 菊池真理の容姿は、髪の毛は中ぐらいまで伸ばし、昔のタイピストを思わせるブラインドタッチは見ていて気持ちがいい。顔もそんなに悪くない。寧ろ美形の方である。でもそんなに一目見て欲情を誘うタイプでもなさそうである。しかし女は確かに傍目からはなかなかその本質を掴むことは難しい。それくらいのことは和男は年齢的な意味からも考えることが出来る。 
 だからと言ってあまり他人を邪推することはよくないとも思う。つまり適度に警戒心を怠らずに、しかも相手をそれなりに信用する、これが彼のモットーである。 
 とにかく彼は今日これから仕事を終えてすることを全く計画など立てていなかった。仮に彼の場合立てていてもその通りになるっていうことは殆どない。そこでこの仕事に真理が入ってからそろそろ1ケ月になるので、一度くらいお茶にでも、相手が望めば一杯誘うっていうのもそんなに非常識ではないな、と思って彼は真理に尋ねた。 
 「菊池さん、今日は何かご予定が御座いますか?」 
 すると菊池真理は即座に 
 「と仰いますと?」
 と逆に質問してきた。和男は間髪を入れず
 「ええ、あなたがうちに来てくださってからもうそろそろ1ケ月です。どうでしょう、一度お茶でも飲んでお話致しませんか?」
 と言った。すると彼女は笑顔を見せて 
 「そうですね、そういうのも悪くないですわね」 
と意外なほどあっさりと彼の申し出を彼女は受け入れた。
 「そうですか、では私が時々行くあるレストランで美味しいコーヒーでも飲みましょうか」
 と和男は最初は少し緊張していた表情と声質を和らげて、咄嗟に彼女の座る椅子の後ろに回って彼女をエスコートするかのように彼女がデスクから立ち上がろうとするところを彼女を両肩を軽く両手でそっと支えた。 
 こういう時のために予めどういうところに女性を連れて行こうかなどと彼が考える筈がない。そうである、彼はいつも今日することは今日の気分で決めるのである。だからその時も口から出任せでは決してないが、そうかと言って前々から考えていてそう言ったのではなかった。

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