和男は萱場氏がいきなり自分の素性を明かしたりして、和男に親しげに話しかけてきたことにいささか面食らっていた。そういうことというのはあまり東京近辺ではあるものではない。しかしここは京都なのだ、とそう思った。しかし少なくとも京都だからと言ってこうやって話しかけてくる人間の全てが善良だなどと和男は露ほども思っていなかったものの、何故かこの萱場老人と呼ぶには少し早いものの、後数年経てば立派な老人と呼んでもいい頃合の年齢らしきその紳士が率直に和男の好意を歓迎し、それを彼に伝えてきたのだから、取り敢えずは信用してもいいとそう思った。しかも相手は下半身不随の身障者である。勿論だからと言って、車に乗り込んだら後ろに手下が乗り込んでいて彼を羽交い絞めにしないという保障はないので、一応萱場氏が電動車椅子を走らせた先にある駐車場に停めてあった彼の車の後部座席をそれとなく確認するとどうやら誰もいないようだった。
萱場氏は和男に
「どちらからいらっしゃったんですか?あっ、そうでしたお名前をお伺い致していませんでしたね」
と言った。和男は
「河合和男と申します。ブログとかウェッブデザインとかをしております。埼玉県から来ました」
と言った。それを聞いて萱場総一郎氏は
「何か垢抜けていてそういう感じのご職業ではないかとそう思っていましたよ。でも遠くからいらしたのですね」
とにこやかにそう言った。どうやらこの人は本当に他意のない人らしかった。
「どうぞ、お乗り下さい」
と言って、萱橋氏は
「前にお乗りになられますか、それとも後ろに?」
と聞いてきたので、和男は折角京都に訪れたのだから車窓からも少し景色を見たいと思って
「では前に乗らせて頂きます」
とそう返答した。
「どうです、私の自宅に行く前にどちらかお寄りになられたいところでも御座いますか?」
と萱場氏がそう聞いたので、遠慮なく和男は
「天竜寺に行ってみたいですね。加山又造氏の伽藍の龍の図を見たいものですから」
と言った。すると
「ああ、ここからすぐですから、行ってみましょうかね」
と言って、助手席のドアを開けて、和男を誘い乗せてから自分は車椅子ごと運転席についた。運転席から電動で下に降りてくる仕掛けになっていたので、彼は難なく席に着くことは出来たのだ。
和男は以前、妙心寺において狩野探幽の雲竜図(重要文化財)を観たことがあったが、その時にはかなり感動をしたものだった。ほんのついでに訪れた場所だったのだが、他のどこよりもよいとそう思った。
萱場氏は難なく運転し始めた。そして
「今日はお仕事で京都へお越しですか?」
とそう聞いたので、和男は
「ええ、もう大体仕事は終わりましたけれど」
とそう答えた。和男は暫く運転していると、天竜寺の境内の入り口が見えた。すぐ脇には京福電鉄嵐山駅が見える。この電車にも前に一度乗ったことがあったが、なかなかよかったとそう和男は思った。何より風情がある。江ノ電もいいが、この嵐電と呼ばれる電車のいい。
萱場氏は境内の入り口から逆に左折して少し入っていったところにあった駐車場に停めた。二人は車が停められると、ドアを開けて晴天の嵐山駅前の境内の入り口まで歩いて行った。
Tuesday, October 13, 2009
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