Tuesday, October 27, 2009

総一郎氏と君子との競演②

 二人が二十分くらい話し込んでいると、君子が一人でお盆に色々なものを載せて応接間に運んできて、ソファの前に置かれてあるテーブルの上に次々と総一郎と和男のために料理を置いていった。和男は
「あっ私も手伝いましょうか?」
気をきかせてそう言うと笑いながら君子は
「いいんですよ、そこにゆっくりとお座り下さい。そしてお召し上がり下さい」
と言って再び炊事場の方に戻って行った。総一郎が
「家内はこういうことしょっちゅうなので、慣れとるんですよ、どうぞ彼女に全て任せておいて下さい」
と言った。テーブルの上には京豆腐を使った湯豆腐や、九条ネギを合えてある鶏のスープとかとうもろこしの天麩羅(ここら辺の名物であると言われる)などがふんだんに大皿に盛り合わせてあった。こんなご馳走を他人のお宅で頂けるとは思いもよらなかった。しかしこういうことも全てことの成り行きだし、要するに出会いである。そう和男は遠慮なくこれらの持て成しを受けることにした。
「さあ、どんどん召し上がって下さい。今日は暑かったので、東京の方からいらしてお疲れでしょう」
と総一郎は君子が冷えたビールと日本酒を運んできて置くとそのビール瓶を君子がその時置いていったグラスに注ごうとしたので、すかさず和男はそのグラスを持ち注いで貰う体勢で待ち構えた。総一郎はビール瓶をグラスに傾け、こくこくと音と立てているビールを見ながら八分くらい注いだところで、今度は自分のグラスを持ったので、和男が今度は代わりにそれを注いだ。
 二人が「乾杯」と言ってビールを一口飲み干すと、奥の方から君子もこちらの方へとやってきた、今度は和男の隣に座って、和男がビールの一杯目を飲み干すとその空になったグラスにビールを注いだ。そしてそこに置かれてあった君子のためのグラスに今度か和男が彼女のためにビールを注いだ。二人は勝手に総一郎とは別箇にグラスとグラスをかちんとぶつけて乾杯をした。
 総一郎氏が
「家内はあなたのことを気に入ったみたいだね」
と言った。和男は
「冗談言わないで下さいよ」
と言った。君子は一瞬その言葉を聞いて和男の方を振り返って、にこっと笑みを浮かべた。その表情が今目の前にしている夫である総一郎の目配せによるものだったのだろうか?それとも只単に彼女自身による自発的なものだったのだろうか?兎に角その時の彼女のコケティッシュな表情が妙に和男の気持ちをざわつかせた。そして再び
「どうですか?明日また何処か参りましょう。ですから今日はここにお泊りになっていらしたら?」
と君子は再び和男にそう促した。そしてそれに続けて総一郎もまた
「そうだよ、河合さん、どうせ明日は日曜なんで仕事はオフなんでしょう?」
と言って和男がこの萱場宅に宿泊していくことを勧めた。最初そう言われた時和夫は殆ど、声にならないか細い声で「そんなお構いなく」とだけ言っていたが、あまりにもこの二人の勧め方が積極的であったために、はっきりと断りきれなかったのである。だから二度目にそう言われた時彼らの勢いに負けて
「そうですか?まあ、明日は何も今のところ予定がありませんから」
と言って、二人の積極的勧めに屈した形となった。しかし本当に翌日何か特別予定が入っているわけではなかったのである。そう和男が言うと、君子と総一郎は
「そうですよ、泊まってらっしゃい」
と言って二人で顔を見合わせた。

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