Sunday, October 25, 2009

萱場総一郎氏との出会い(7)

 君子は女性固有のしっとりとした匂いがした。一体どんな香水を彼女はつけているのだろう、と和男は想像した。尤も彼は香水のことに詳しいわけではない。しかしあの菊池真理には真理の、茜には茜に固有の匂いがあったことだけは確かである。女性とはどうしてこういい匂いがするのだろう、と今更ながら和男はそう思った。まるで赤ん坊が母親に対して接する時に感激のようなもののようにである。しかしそうである、男性は常に女性の前では母親に接する赤ん坊のようなものではないのだろうか?
 君子は目立つ紫色のワンピースを着ていた。その色も彼女の色香そのものにいい添え物として作用していた。
 その日は確かにかなり午後も暑かった。全く10月だというのに、どうしたというのだろう、そう和男は思った。天龍寺にて加山画伯の天井画を見終わった時既に11時半は過ぎていた。だからその時は既に一時くらいにはなっていたのだ。
 総一郎氏は
「河合さん、お腹が空いてらっしゃいませんですか?」
とそう和男に尋ねた。萱場総一郎氏は君子夫人にそう言ってからすぐ
「君子、お前何か僕たちに作って用意してくれないか?」
と隣にそれまで座っていた妻を促した。和男はすかさず
「あっ、どうぞもうそんなお構いなく」
とそう言ったが彼の腹はグーと音を立てていた。そう言えばその日彼は朝新幹線に乗り込む時に東京駅のキヨスクで購入したサンドウィッチを走る電車の中で京都へ着く前に口に放り込んだだけであったことをその時思い出していた。
「分かりました。何か用意致しますわ」
と言ってそそくさに妻の君子は夫総一郎と来客である和男に何か差し出そうと台所まで奥へと引っ込んで行った。

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