Sunday, October 4, 2009

ひょんなことから誘われて行ったクラブで(4)

 和男は茜の作ったジンを一口飲み込みながら、意外とこの女性は即座に和男の観念的質問に返答したりする辺り、そう見縊ってもいけないとそう思った。
 何故そう思ったかと言うと、案外彼女と語っているとリラックスした気分でいられる自分を発見したからである。しかしそうやってあまり最初から相手に気を許し過ぎることがあまりこれからそれなりに親しくしていこうと思っている相手に対しては特に女性の場合気をつけなければいけないとそう和男は思っているからである。だから敢えて彼女にその時の態度で惹かれていく自分を抑制して茜が意外と色々なことを知っているなかなかそう見縊ってはいけない強かな女性であるかも知れないと念頭に入れておくことは無意味ではない、とそうも思ったのだ。しかし同時にそう思えるのは、つい最近菊池真理という異性に対していつになく関心を注ぎ、恋心を抱いてしまっている自分が、その新たな展開に対するある種の中年固有の保守的な怯えが、相手がその当の菊池真理ではない相手であることを承知で、安心したいという気分に自分がいるのかも知れない、とそう和男は思った。
 つまりだからこそただ単に茜に対して、和男は幼少の頃から異性に対するときめき的な精神的悩みを同性よりも異性の気のおけない相手に告白するようなタイプの男子だったので、そのことも手伝って相手がずっと自分よりも年少な相手なのにもかかわらず、相手を相談相手として姉御的存在として認識することによって菊池真理への恋に纏わる不安を除去しようとしているだけなのかも知れないと、そう思った時ずっと年少である茜に対して必要以上に買被っているということもあり得るとそうも思ったのだった。
 しかしそういうことは幾ら相手が自分よりもずっと年少であってもそう一瞥で判断出来ることではない。とてもじゃないが、そんな自信は和男にもなかった。実際に本質的に相手がかなりすれた女性であるかとか無垢な部分を残しているかということ自体も常に一個の人格において矛盾なく共存し得るものである。つまりそれくらいに人間とは複雑であるということだ。しかしだからこそ逆にそのどちらなのか、それとも両方であり得るのか、それともどちらでもあり得ないかということを確かめるだけは、別に構うまいという気持ちに不思議と和男は茜に対してならなれそうだと、そう思ったのである。
 これが対面している相手である幸恵ならそうは行かない。杏子もそういう気持ちになれる相手ではない。尤も先ほど想像したように幸恵と杏子となら、3Pをしてもいいかも知れない、つまりそういうことなら案外この二人はいける、そう和男は直観していた。
 しかしそういったことと、かなり年少者である茜に対して抱ける気持ちとは違っていて、しかし同じこの中年の和男の身体と精神に共存し得るのである。またそのことを自覚出来るということが、まだまだ俺は行けるとそう思えて嬉しくもあるのだった。
 そんなことを考えていると茜が
「河合社長さんは、女性に対してではどんな感じの印象をお持ちでいらっしゃられるんですか?」
といきなり聞いていた。それに対して和男は
「それはあなたくらいの若い女性に対しての気持ちですか、それとも中年女性に対してのことですか?」
と聞いたら、茜はそれに対して
「両方お伺い致したいものですわ」
とそう言った。

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