Monday, October 26, 2009

総一郎氏と君子との競演①

 萱場氏は和男に
「河合さんはどんな食べ物を特に召し上がられるのですか?」
と聞いた。そんなことを改めて聞かれると戸惑うくらいに和男は贅沢な食ということ自体に関心のない人生を送ってきたし、どうやらこれからもそういうリッチな気分の人生を送っていきそうにないと思われたので
「私はグルメ志向はゼロですから、一切贅沢な食材には関心がないんですよ」
と言った。するとにこやかな表情になって萱場総一郎氏は
「そうじゃないかと思っておったんですよ。だから技とそんなことをお聞きした次第ですよ。いや他意は御座いませんからお気を悪くなさらないで頂きたいのですが、私は結局そういう風に一切虚飾を取り払ったところでしか真の心の贅沢って奴はその人間に巡ってこないもんだと思っておるんですよ」
と言うと和男はすかさず
「そんな大それたことではありませんね、私の場合は、ただあまり実際にリッチな人間ではない、ただそれだけのことですよ」
と言った。すると萱場氏は
「つまり、そこからしか本当にいいものの味なんて分からんのですよ。謙遜とかそういうことでも、粗食志向ということもない、要するにリッチな食とは何かという問いを突き詰めることは魯山人のような天才に任せておけばよいのであって、つまり私らは端的に好きな時に好きなものを食べる、しかもその好きなものとは日常的に最も私らが食べるものでええんですよ」
と言った。なるほどと思ったが、しかしそれにしても昼食までよそ様のご自宅で頂くなんて京都へ来るまでは思い至らなかったし、そういう意味では恐縮する気分の和男だった。そんな和男の表情を見かねて総一郎氏は
「あまりお気に無さらんで結構ですよ、実は家内の奴はああ見えて結構あれなんです。つまり人様に色々気を遣って持て成すこと自体が好きなんですよ」
と言ったものだから和男は
「ああ見えてってどういうことですか?」
といきなり不躾にそう聞いてみた。するとげらげら笑いながら総一郎氏は
「ああ、参ったな、そうですよ、つまりね、家内は私と結構年が離れておるでしょう、ですから、そういう自分と同世代とか、自分より少し年上のあなたのような方を持て成すことで、私からは得られない自分本来の年齢に合った若さを保っておるんですよ。でもね、あなたみたいに私が連れてくるお客さんに限ってそうするんです、つまり家内は家内なりに私に気を遣っておるんですよ」
と言ってまたげらげら笑った。そんなに大声で語って、向こうで食事を用意している君子夫人に聞こえでもしないものだろうか、と和男は訝った表情でその笑い声を聞いていた。しかしその時には未だ和男にはその言葉と笑いの意味をそれほど真剣には聞かずに受け流していた。

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